僕は君を愛してなんていないけど。



Affection



僕の下で肩を掴み、荒い呼吸を繰り返すルルーシュ。

「降参?」

笑いながらそう問うと、虚ろだった瞳がこちらを睨み付けてきた。

「誰が」

ああ、そう。
僕は短く答えて、細い首筋に噛み付いた。
ルルーシュの身体が大きく跳ねる。

「やめ……スザク……っ!」

ルルーシュが僕の頭にしがみつく。
白い肌が裂ける寸前の弾力。
もう少し深く歯を食い込ませればプツリと皮膚が裂け、白い首が真っ赤に染まるんだろうな。
彼を生かすのも殺すのも自分次第、そんな何とも言い難い感覚が頭の中を支配していく。

「痛……やめろ……頼むから……!」

涙を流しながらルルーシュが懇願する。
……このまま殺してしまいたい、そう思ったんだけどな。
僕は大人しく噛み付くのをやめた。
噛んだ場所にはっきり歯形が残っている。
顔を上げると、ルルーシュの潤んだ瞳と目があった。

「ごめんね、痛かった?」

僕はそっとルルーシュの目に溜まった涙を舐めとった。
ルルーシュが身体を強張らせ、ぎゅっと目を閉じる様子がなんだか可愛らしい。

「痛いに決まっているだろう!」

そんなに痛かったのかな。

「ごめんね」

僕は涙を舐めとった仕上げに舌の先でルルーシュの目元をつついて、もう一度謝っておいた。
ああ、とルルーシュが短く返事をする。

「………………」

何故だろう。
ルルーシュが黙ったまま歯形を指でなぞっている。
やっぱり痛かったんだろうか。

「ずっと消えなければいいのにな」
「え?」

寂しそうに呟くルルーシュ。
何が消えなければいいって?

「お前が噛んだ傷」

何故そんなことを言うのだろう。
僕には分からなかった。
僕が衝動的につけた傷が消えなければいいなんて。

「お前につけられた傷だから」

どうしたの、君がそんなこと言うなんて?

「……へえ」

僕は無意識に吊りあがる口元を隠しながら、なんとかそう答えた。
だって、それって、僕の所有物でいたいってことでしょ?
細い首筋にずっと僕の所有物である証が残り続けるなんて、考えただけで背筋にゾクリとしたものが走る。

「君はそんなちっぽけな証が欲しいの?」

意地悪く問うと、ルルーシュが僅かに首を横に振った。

「だけど、お前は俺を愛してはくれないんだろう」

だから、これでいい。
ルルーシュはそう言って微笑んだ。

「そうだね、僕は君の事を愛してるつもりはないよ」

愛してるつもりは、ないけれど。
僕だってこの感情を愛情なんて呼ばないことくらい分かる。
万が一、愛情と呼ぶのだとしても、きっと君の欲しいものとは違う。

「お前なら女くらい、いくらでも選べるだろう」
「君とした方が気持ちいいから」

ルルーシュが苦笑する。
だけど少し間違ってるよ、ルルーシュ。
僕は君以外となんてあり得ない。

「ルルーシュこそ相手なんていくらでもいるじゃないか。
君のことを愛してくれる女性なんてそれこそ星の数ほどいる」

実際、ルルーシュのことを心から想ってる女性は学園内にも多い。
なのに愛してもやれない僕を選ぶなんて……どうかしてる、と思う。

「それでも俺は……」

ルルーシュが頬を染めた。
何が言いたいのかは一目瞭然だ。

「――少し話は戻るけど、君が欲しいのはこんな傷じゃないんだよね?
なのに、これでいいってどういう意味?」

これ以上そんなルルーシュを見ていられなくて、僕は話題を逸らした。
ルルーシュはしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。

「全部、お前がくれたから」

やっとそれだけ言うとルルーシュは顔を背けてしまった。
僕からもらった物なら、どんな傷でも嬉しいってこと?

「そう」

……それを聞く勇気はなかった。
僕の中の歯止めが利かなくなってしまいそうだったから。

「でも、」

でも、身体の傷なんてすぐ消えてしまうよね。
だから君の心に消えない傷をつけてみたいんだけど。
君はそれをも僕からもらったモノだからって喜んで受け入れてくれるのかな。

「……どうした?」
「なんでもないよ、君が気にするようなことじゃない」

続きを言わない僕に怪訝そうな顔をするルルーシュ。
言ってしまいそうになるのをなんとか抑える。

「何か悩みなら言ってくれたほうが有り難いんだがな。
一人で考えるより二人の方がいい。」
「はは、ほんとになんでもないよ」

ルルーシュはどうしてこんな僕を気遣うことが出来るんだろう。
僕がどれだけ君に酷いことを言っても、君は僕を追いかけてくれる。
君の心は確実に傷付いてるはずなのに。

「ねえ、ルルーシュ。どうして君は」

どうして君は、僕の傍にいてくれるんだろう。

「君は、こんな僕のどこが好きなの?」

突き放すと泣き出しそうな顔をするルルーシュ。
僕がいなくなるとうろたえる彼に支配感を覚えた。
うろたえながらも、恐る恐る僕を追って来るルルーシュ。
まるで僕じゃないと駄目なんだ、と言っているようで安心した。
僕はここにいてもいいんだと。
君の傍にいてもいいんだと。
傷付けたくないから、愛してるから、突き放した。
ルルーシュはそんな言い訳を赦してくれる。

「僕は自分が傷付くのが怖いだけなのに」

君を壊してしまいたい僕と、君を失うのを恐れる僕。
矛盾した感情だけがぐるぐると頭を駆け巡っている。

「お前は、追わないとそのまま何処かに行ってしまいそうだ」

ルルーシュはそう返答した。

「はは、まるで僕が小さな子供みたいだね」

僕はわざとおどけてみせた。
そんな僕を見たルルーシュもつられて笑った。

「子供じゃないか。折角作った砂の城を壊すのが大好きな」

……やっぱり、ルルーシュは僕をよく見てる。
ちゃんと分かってて、追い掛けてくれる。

「それでも、僕は君を愛してるつもりはないよ」

愛、なんて綺麗な物じゃないって分かってるから。

「なら、俺もお前を愛してはいないな」

ただの依存だ。
ルルーシュは自嘲気味に笑った。
依存の方が僕よりずっとマシ。

「なんにせよ……結果的にお前は俺と一緒にいるじゃないか」

だけど、僕のは愛じゃないよ。
そう言うとルルーシュは挑発的な目で言った。

「お前は子供過ぎる。愛、なんて難しい言葉はまだ早いんじゃないか?」
「子供にこんなことが出来ると思う?」

舌先で先程の歯形を突くと、ルルーシュが少し表情を歪めた。

「ああ、そうだな。お前は子供じゃなくて獣だ」

……確かに、そっちの方が近いかな。

「本能しか持ち合わせていない獣には、ますます難しい言葉だろう」
「そんなこと言って、どうなっても知らないよ?」

僕が笑うと、ルルーシュもクスリと笑った。
その挑発的な目が、僕を獣にする原因でもあるんだけどな。

「お喋りはこれでおしまい。
そろそろ続きしようか、ルルーシュ」



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