響く轟音。
その瞬間の記憶は、不思議と客観的なものだった。


Nightmare


紫電色の瞳と真紅に染まった瞳が涙を流して虚ろにこちらを向いていた。
対照的に、僕は眼を見開いて愕然とし、それを見ていた。
僕の後ろでカレンが小さく何かを呟いた。
なんだろう、聞こえなかった。
多分「ゼロ…!」とかそんな感じ。
彼女はゼロを心底慕っていたみたいだし。
そして僕はというと、そんな彼女など目に入らない様子でフラフラと歩き出した。
たった今僕が殺した、ルルーシュの元へ。
虚ろな瞳は相変わらず僕を映している。

「僕をそんな眼で見ないでよ」

どうしてそう呟いたのかも分からないまま、僕はそっとルルーシュの瞼を閉じさせた。
悲しいから?惨めだから?
違う、多分苛立つから。
何に苛立つかって?
助けを求めなかった君と、助けようとしなかった僕にだよ。

「幸せになりたかっただけだったのに」

僕も、君も、笑って暮らせる世界が欲しかっただけなのに。
小さい時のことは未だに忘れないよ。
体力無いくせにナナリーは自分で守るんだ、なーんて意気込んでたよね。
まるで子供を守る母ネコかなにかみたいでさ、
たまに唸ってるような気すらするくらい必死でナナリーを守ってた。
そのうち僕を認めてくれて、「将来お前を俺とナナリーの騎士にしてやる!」なんて大声で宣言して、
騎士ごっこ…なんてわけわかんないことして、それが幸せで、
ずっとそんな日々が続くように願ってて…。
今はもう全部、遠い。

「ルルーシュ、覚えてる?」

予行練習だとかで騎士ごっこすると必ず悪役をやってたよね。
「ふははははー!」
一体何の知識か、ボロボロの布をマント代わりにしてナナリーに近付くルルーシュ。
「きゃー!誰かー!」
悲鳴を上げるナナリー。
「やめろ!ナナリーに手を出すな!」
木の上から飛び降りたり、遠くからパチンコで狙撃したり、
僕も調子に乗ってアニメのヒーローみたいに登場して。
ほんと、馬鹿みたいなことで盛り上がってたよね。
たまにやりすぎて本気で喧嘩して痣だらけになったっけ。

「懐かしいよね」

さすがに、この年齢じゃもう恥ずかしくて出来ないけど。
そう言って僕は笑った。
ルルーシュは何も言わなかった。

「もう、人の話ちゃんと聞いてる?」

ルルーシュはしょっちゅう話聞いてるふりして、正面に周ったら居眠りしてた。
それを見た僕は呆れてため息、ナナリーは横でくすくす笑ってた。
そんな君を起こすの、決まって僕なんだもんな。

「こーら、ルルーシュ、おーきーろー」

抱き起こして見るけど、目を開ける気配はない。
抱き起こした拍子に、ルルーシュの頬を涙が伝った。
額から流れた血と交じり合った涙がぽたぽたと僕の手に落ちる。

「ルルーシュ、どうして泣いてるの?怖い夢、見てるの?」

悪夢を見た時のルルーシュはそれはもう必死で、
いつものルルーシュはどこにいったんだってくらいの慌てようで…正直面白い。
「騎士なら悪夢からも守ったらどうなんだ!」…とか無茶苦茶言われたのは困ったけど。
仕方ないからルルーシュをぎゅっと抱きしめて、二人で丸くなって眠った。
朝一番のルルーシュの言葉は「やれば出来るじゃないか」とご機嫌だったけど、僕は不満だった。
夢の中までルルーシュを助けにいければいいのに。

「大丈夫だよ、怖くないよ」

夢の中まで助けに行ければ君は怯えなくて済むのに。
ずっとそう思ってた。
でも今は僕も一緒に悪夢の中にいるよ。
僕はルルーシュを抱く腕に力を込めた。
ギアスとか、ゼロとか、黒の騎士団とか、ブリタニアとか…
君と僕が敵味方に分かれて殺し合ったとか…。
それは夢。
今までのこと、全部怖い夢だよ。大丈夫。
朝になって目が覚めたら、全部元通りだから。
それまで僕が君を守るから…。
こんな怖い夢、壊して僕が無理矢理起こしてあげるから…。

「ゼロ…ルルーシュは…!?」

カレンが壁伝いにこちらに向かって来る。
まだ混乱しているらしい。

「お前のせいだ」

僕はカレンに銃口を向けた。

「…何、を…」
「お前達のせいだ」

お前達が、黒の騎士団が。

「黒の騎士団が!ルルーシュを追い詰めたんじゃないか!」

僕はカレンが口を開く前に引き金を引いた。
カレンの腹部に穴が開き、周囲に赤い血が広がる。

「あ……ぜ…ろ…」

魚のように口をぱくぱくさせて、カレンは崩れ落ちた。

「ルルーシュ、全部壊して君を悪夢から救ってあげるから」

だから、ここで待っててね。
僕はルルーシュをそっと寝かせて、ランスロットに戻った。
外は相変わらず戦争の真っ只中だ。

「黒の騎士団が、ルルーシュを追い詰めた!」

こちらに向かって来たメンバーと思わしきナイトメアを狙撃した。
それと交戦中だった軍のナイトメアもこちらに向かって来る。

「ブリタニア軍も、お前達さえ、いなければ!」

迎撃体勢の俺にこちらは味方だと通信が入るが、構わず撃ち抜く。

「貴様!何故味方を狙撃した!」

別のやつが一、二、三体。
お前達もルルーシュを苦しめたのか?

「ルルーシュを苦しめる悪夢は…すべて消えてしまえ!」

そう、お前達は命をもって償うべきだ。
ルルーシュを苦しめたことを。
幸せになりたい、それだけの願いすら彼には許されないのか!?

「悪いのは君じゃない、この世界だ」

すべて消してやる。
ルルーシュを苦しめる悪夢など…そんな世界などいらない。
滅びろ!消えてしまえ!

「よくも貴様っ!」
「反逆者か!?」

最後に立っているのは俺とルルーシュだけでいい。
他には誰もいない。
そうすれば、悪夢も幸せな夢に変わるよ。

「俺とルルーシュがいればそれでいいんだ…!
他に余計な物は必要無い…!」

だから、すべて、消えろ。
滅んでしまえ。
燃え尽きてしまえ。

…………。
気が付くと辺りは火の海だった。
ブリタニア軍も黒の騎士団もいない。
いるのは僕と、死体だけ。

「…っははは…」

…そう、これだ。
これが理想の世界だ!
僕と君が笑って暮らせる誰にも侵されない世界。
君を悪夢から救うことが出来たよ、ルルーシュ。

「はははははっ!やった…やったんだっ…!」

ルルーシュのところへ駆け出そうとした僕の足を誰かが掴んでいた。

ふわふわした綺麗なブロンド、愛らしいドレス、いつだって閉じられている瞳…車椅子…。

「ナナリー…?」

ナナリーの顔面はぐちゃぐちゃに潰れていた。
まるで地面に何度も叩きつけられたように。
こう、髪を掴んで…

――止めて、スザクさん!止めて下さい!
――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!消えろ!消えろっ!消えろぉっ!

ああ、そうか。

「僕がナナリーを…」

確かに僕はルルーシュと僕だけの世界を望んだ。
でもナナリーは…ナナリーは…

「……ナナリー、やっと分かったよ。
ルルーシュを追い詰めていたのは君だったのか」

そう、君はずっとルルーシュと一緒だった。
二人っきりの兄妹だから当たり前かも知れないけど。
でも、実は…

「そうか!お前の仕業だったんだろう!?
いつだってお兄様お兄様って…
そうやってルルーシュを追い詰めていたんだ!
まるで疫病神だね!ははっ!」

グギャリ。
踏み潰したナナリーの頭が嫌な音を立てた。
もう邪魔する者はいない。
ルルーシュ、もう悪夢はおしまいだよ。

「ルルーシュ!」

僕は息を切らせてルルーシュのところへと戻った。

「ルルーシュ、もう悪夢は終わったんだ!
もう大丈夫だよ、ほら、もう大丈夫。
一緒に騎士ごっこ、しようよ。
たまには僕が悪者役するからさ。
喧嘩にならないように手加減なんてする必要無いよ?
僕はルルーシュと違ってパチンコで撃たれたくらいじゃ泣かないから!
ほら、起きてよルルーシュ!」

僕が腕を引いても、ルルーシュは反応しない。

「ほーら、もう朝だってば!
起きてよルルーシュ。
遊びに行こうよ!」

ルルーシュは動かない。
目も開けないし、返事もしない。

「ルルーシュ?
そろそろ起きないと僕も怒るよ!?
ほんとにルルーシュは寝坊ばっかりだなぁ…!
あははははっ!ははははははは!」

…何故、僕の頬を涙が伝うのだろう。

「ははははははは…」

止めどなく溢れるそれの理由に気付く前に、
僕の思考は右手の拳銃によって闇へ

堕ち



いった……






Bad End

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