「勝てよ、『ルルーシュ』。
自らの過去に……そして、行動の結果に」



Chevalier



「こちらを向け、ゆっくりと」

僕は引き金に指をかけたまま目の前の男に告げた。
仮面の男は反応を返さない。

「聞こえなかったのか?ゼロ」

こちらを向け。
僕がもう一度同じ言葉を繰り返すと男はこちらを向きながら、まるで話を逸らすように口を開いた。

「ユーフェミアは罪無き日本人を一方的に殺した。
君はそんな女を……」

そう来ると思った。
日本人を一度に味方につけたお前の最大の武器。
ユフィによる日本人虐殺。
しかし、僕はその真実を知っている。

「便利な力だな、ギアスとは」
「――っ!」

男はそれを知られたことに動揺しているようだ。
僕はゆっくりと歩みを進めながら続ける。

「自らは陰に隠れ、責任は全て他者に擦り付ける……。
傲慢にして卑劣、それがお前の本質だ。
――カレン」

僕は振り向かずに、自分に銃口を向ける少女を呼んだ。
男は答えない。
黙っていても何も変わらないのはこの男も分かっているだろう。
僕はもう、全てを知っているのだから。

「君もゼロの正体を知りたくはないか?」
「何を今更!」

カレンは気丈に叫び、僕に改めて銃口を向けた。
悪いけど、今は君の相手をしている暇は無い。

「君にも立ち会う権利がある」
「ま、待てっ!」

僕がゼロを狙ったのに気付いたのか、カレンが慌てて僕を撃とうとする。
しかし、僕は銃を下ろさなかった。
僕の撃った弾は男の仮面にヒビを入れ、そしてそれを二つに破壊した。

「…………」

ああ、やっぱり。
仮面の下には見慣れた少年の……ルルーシュの顔があった。
ルルーシュ、どうして君は……。
――仮面が地面に落ちる音がやけに大きく響いた。
その音の後に一瞬、まるでルルーシュのオッドアイの瞳の間を血が伝う音すら聞こえるような静寂が訪れた。

「なんで……!どうして!」

真っ先に声を上げたのはカレンだった。
彼女はゼロを心から信頼していたようだったし、仕方のないことだ。
そんな彼女とは対照的に、僕は言葉が出て来なかった。
どうして、君は、そんな風になってまで。
それだけが頭を駆け巡っていた。
一度にその言葉を彼にぶつけられたらどんなにいいだろう。
しかし、僕は目の前の男を睨みつけ、静かに呟くことしか出来なかった。

「信じたくは……なかったよ」

カレンはよほどショックだったんだろう。
地面にへたり込み、目を見開いている。

「ルルーシュ、が……」
「そうだ、俺がゼロだ。
黒の騎士団を率い、神聖ブリタニア帝国に挑み、そして世界を手に入れる男だ」

男はあくまで冷静だった。

「貴方は私達日本人を利用していたの……?
……私のことも……!」
「結果的に日本は解放される。文句は無いだろう」

カレンは何も知らない。
涙を流す彼女には気の毒だけど、今は何も説明している暇は無い。

「早く、君を逮捕すべきだったよ……」
「気付いていたのか」
「確信は無かった。だから否定し続けてきた。
君を信じたかったから……!
だけど君は嘘を吐いたね、僕とユフィに、ナナリーに」

まさか君がゼロだなんて、信じたくなかった。
無意味と分かっていても、君を捕らえるべきだった。
だけど、ルルーシュ。君は裏切ったんだ。
僕と、ユフィと、ナナリーを。

「ああ、そのナナリーが攫われた」
「え……?」

男は少し焦った様子だった。
本当はお前にとってナナリーは邪魔な存在のくせに、よくもそんな演技が出来たものだ。
ナナリーが攫われたという事実よりも、僕の頭にはそんな冷めた感情が強く響いた。

「スザク、一時休戦といかないか。
ナナリーを救う為に力を貸して欲しい。
俺とお前、二人いれば出来ないことなんて……」
「ふざけるな」

僕はもう一度、男に銃口を向けた。

「そろそろその馬鹿らしい演技を止めたらどうだ、ゼロ。
これ以上ルルーシュの振りを続けると言うのなら……」

撃つ。
ゼロはルルーシュの顔を歪めて嗤った。

「それにも気付いていたのか」
「さっき言っただろう。
確信は無かった、と……!
まさかルルーシュがそこまで心を痛めてるなんて思わなかった」
「違うな、思いたくなかっただけだろう。
日本がエリア11となったことはお前にも責任があった。
自分のせいだと思いたくなかっただけだろう」

口の減らない男だ……。

「――ギアスの暴走、それがユフィによる虐殺の真相だとルルーシュは思い込んでいたみたいだけど……。
そのギアスは暴走なんかじゃなかった」

ゼロは答えない。

「お前が、ユフィにギアスを使い、日本人を虐殺させたんだ!」

ルルーシュは確かにナナリーを守ることを考えていた。
そしてユフィはルルーシュの妹。
ルルーシュは本当は彼女と手を組み、ナナリーが幸せでいられる場所が手に入ればそれでよかったんだろう。
しかし、ゼロは違った。
ゼロの目的はルルーシュのみであり、ナナリーもユフィも眼中に無かった。

「……何故私がユーフェミアにギアスを使用したか分かるか?」
「ブリタニアと和解すればお前の存在は無意味になる。
それを恐れてのことじゃないのか」

それを聞いたゼロは可笑しそうに、本当に可笑しそうに嗤った。

「半分は正解、ということにしておこうか。
……私はルルーシュを孤独にする。
そうすれば彼に味方はいなくなり、必然的に彼の傍には私しか残らない。
そうなれば……ルルーシュは私の物だ」

ルルーシュを自分の物にする為なら、ルルーシュがいくら悲しんでも構わないと言うのか……!?

「狂ってるな……!」

僕には理解出来ない。
ルルーシュを悲しませたくはない。
なのに、この男は。

「お前も同じだろう?」
「……何」

僕がその言葉に眉を寄せると、ゼロはわざとらしくマントを跳ね除けて言った。

「お前と私は同じだ。
そう、お前の言う通り狂っている。
今は随分と偽善者ぶっているようだが……。
愛する者を手に入れる為なら手段を選ばない。
違うか?父殺し」

ルルーシュの顔は僕を見下した目をしていた。
止めてくれ、ルルーシュの顔で、そんな目をしないでくれ。

「……ユフィは、心からルルーシュとナナリーの幸せを願っていたのに……。
お前は、それを……」
「全ては過去、終わったことだ」

何を言い出す。
ギアスを使い、ルルーシュに暴走だと思い込ませ、ルルーシュの手を汚させた。
その男が、よくもぬけぬけと……!

「父殺しのお前ならよく分かっているだろう?
懺悔など、後でいくらでも出来る」
「いいや、お前には無理だ!」

銃を構える手が怒りで震える。
こいつは、撃たなければならない。

「お前は……最後の最後に世界を裏切り、世界に裏切られた……!
お前の願いは叶えてはいけない……!」

「この世界からルルーシュを救い出す」。
その為にお前はこの世界に何をするつもりだ?

「馬鹿め!理想だけで世界が動くものか!
さあ、撃てるものなら撃ってみろ!
――流体サクラダイトをな……!」

ゼロが胸に取り付けたのは、サクラダイト。
――爆弾。

「私の心臓が止まれば爆発する。
お前達も、奥にいるだろうナナリーもお仕舞いだ。
スザク、お前の守りたかったナナリーが、ルルーシュが、木っ端微塵に砕け散るという訳だ」

ゼロにはナナリーがどうなろうと関係は無いのだろう。
そして、精神だけの存在であるゼロには身体など必要無い。
それは、共有しているルルーシュにも言えること。
つまり……。

「貴様っ!」
「それより取引だ。
お前にギアスを教えたのは誰だ?
そいつとナナリーは……」
「お前にとってナナリーは唯の口実じゃないか!
ここから先のことはお前には関係ない!」

もう嫌だ。
ルルーシュ、お願いだから。
君を苦しめたのが僕ならいくらでも謝るよ、何だってする。
お願いだから、帰って来て欲しいんだ。
いつもみたいに、みんなで紅茶を飲みながら談笑したいんだ。
そこに僕がいなくったっていい。
ただ、君とナナリーが笑っていればそれでいい。
その為にも、この男はここで殺さなければならない!

「ゼロ、お前の存在が間違っていたんだ!
お前は世界から弾き出されたんだ!
ナナリーは俺が……!」

そう言った時だった。
ルルーシュの顔が悲しげに歪んだのは。
その表情の主は紛れもなく、ルルーシュだった。
どうして君はこんな奴を庇うんだ……!?

「――スザク!」

ルルーシュが銃を構えた。
撃たれる。そう直感した。
嗚呼、君はそんなにも孤独だったのか。
もうゼロしか信じられるものは無くて、必死でそれにしがみ付いて。
その唯一の存在を僕に否定されたから、君は。
――親友だったはずの僕を、撃ち殺すつもりなんだ。

「ルルーシュ――っ!」

もう全部、ゼロに仕組まれていたんだろうか。
僕にゼロを否定させ、ルルーシュに僕を撃たせるつもりだったんだろうか。
本当に、狂ってる。
お前を……お前をルルーシュと行かせて、たまるものか。
ルルーシュを解放するには、もう、これしかない。


お前は一人で地獄に堕ちろ、ゼロ。


そして、銃声は同時に響いた。



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