あと一言、たった一言彼が発すればそれだけで策は成る。



Chevalier



「ルルーシュ」

今がその一言の時。
ルルーシュ、お前の言葉で地が割れる。

「ルルーシュ?」

どうしたんだ、早く言ったらどうだ。
独裁者の威厳を込めてな。
しかし、ルルーシュは目を閉じたまま口を開こうとしない。
私に返事も返さず、膝に乗せた仮面にそっと手を添えているのだ。

――……ああ、そうか。

私は漸く理解した。

「ゼロ」

彼は、ルルーシュではない。

「何だ?」

やはりそうか。
彼はルルーシュではない。
だから、呼んだって返事をしない。
自分の名前ではないのだから。
……簡単なことじゃないか。

「そろそろ時間だぞ」

私は少し首を捻って視線を後方に向けた。
後ろには瞳を妖しく光らせる男。
男は頬杖をつき、悠然とそこに座っていた。

「ああ、分かっているさ」

ならいい。
私は一言答えて視線を戻した。
これ以上、あの男を見ていたくない。

「ルルーシュとは違う……」

いくら強くあろうとしても、少年は少年。
少年は全ての重圧に耐えられなかった。
母を殺され、父に人質として敵国へ差し出され、戦争を生き、身分を偽り生活し、傷ついた妹を守る毎日……。
その日常を覆す為の行動すら、彼の苦痛を増すばかり。
ルルーシュの心は、その苦痛に耐えられなかったのだ。
そして彼の心は崩壊した。

「ゼロ、お前はルルーシュをどうするつもりなんだ……」

結論から言おう。
ルルーシュは自分を偽り庇う為に、ゼロを生み出した。
ゼロ、彼はルルーシュには無いどんな孤独にも耐えうる強さと、全てを計算する悪魔のような頭脳を持った男だ。
ルルーシュの負の部分を全て背負った、と言うべきか。
とにかく、これは自分では無いと、そう言い聞かせた結果がこれだ。
自分はゼロではない、ゼロは俺ではない。
そう言って頭を抱え蹲る少年の心に現れた男が言った言葉は想像が付く。
その通り、私がゼロだ。お前は虐げられてしまったに過ぎない。お前は何も悪くない、悪いのはこの世界だ。私がお前を守ろう。
お前を虐げるこの世界に復讐してやる。

「何を言い出すんだ、C.C.」

男の思考回路はあくまで単純だ。
ルルーシュを守る、唯それだけの存在。
純粋さ故に傷ついたルルーシュを守り、自らは汚れ、その傷を一身に受ける。
絶対にルルーシュを裏切らない存在、それがゼロ。
まったく、健気なものだ。
……そう言ってゼロという存在を表してしまえたらどんなに簡単か。
大部分は間違ってはいない。
ゼロの存在理由も、思考回路も。
しかし、どこかが違う。
ルルーシュとゼロ、二人を傍で見てきた私にはそれが分かる。
この男には、ルルーシュを守るという単純思考以外の別の思考があるように思える。
それが何なのか私には分からない。
ルルーシュはゼロを信じきっている、おそらくそんな思考の存在にすら気付いていないのだろう。

「私は、ルルーシュを守る。それだけだ」

違う、お前は……。

「お前は、何をしようとしている!?」
「この世界からルルーシュを救い出す、それが私の目的だ」

本当にそれだけなのか?

「本当に?」
「ああ、勿論」

そう言ってゼロは微笑んだ。
心からルルーシュを慈しむ優しい目だった。
だが同時に、それ以外の全てを拒絶する目だった。

「――時間だな」

私は返事をせず、黙って前方のブリタニア軍を見つめていた。
私の背後で悪魔が名乗りを上げた。

「聞くがいい、ブリタニアよ。
我が名はゼロ。
力ある者に対する反逆者である!」――。



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