「彼」だけが俺の味方だった。


Chevalier


こつり、と額を冷たい仮面に当てる。
最初はただの自己暗示のため。
だが、やがて彼がそこに現れた。
ふわりと翻ったマントが空気を動かし、彼がそこに現れたことを告げる。
心の底まで見透かすような鋭い視線が刺さる。

「やはり、ランスロットのパイロットは枢木スザクだったか」

俺は心の中で小さく名前を呼んだ。
それだけで彼には伝わってしまう。

「奴は…お前を仲間だとは思っていないようだな」
「っスザクは…」

彼はスザクが既に俺がゼロであることに気付いていると考えている。

「スザクは…違う…俺の大切な親友だ…」
「あの電話のタイミング、おかしいとは思わないのか?」

俺が否定しても、彼は簡単に反撃してくる。
勝てない、彼には。

「奴がお前の正体に気付いていようといまいと――…」

クク、と笑い声を漏らす彼。

「ゼロとの決別を宣言したんだ。
結局同じことだろう」

スザクが、俺と?
そんなこと、信じられない。
信じたくない。
昔からの親友で、お互いの足りない部分を補いあえば二人でなんだって出来て、
…心から、好きで。
しかし彼は「スザクを信じるな」と言う。
始めは戸惑った。
しかし、彼の言う通りスザクは俺から離れようとしている。

「別れが辛いなら、誰も信じなければいい。
所詮人間は理解し合うなど不可能なのだから」

確かに彼の言う通りかもしれない。
そして俺は彼の言葉通り、誰も信じないと決めた。
いや、俺がゼロとなったあの日から俺に信じるものなんてもう何も無かったのかもしれない。
学園の仲間も、黒の騎士団の仲間も、共犯者も、大切な親友も…。
自分がここにいることすら、信じられない。

「だが、私は違う」

そう、彼は違う。

「私はけしてお前を裏切らない。
誰よりもお前を理解しているし、誰よりもお前を信頼している。
そして誰よりもお前を愛している」

彼は、俺が唯一信じられる人だった。
けして俺の傍を離れない、ずっとそこにいてくれる。

「私はお前の味方だ、ルルーシュ」

ああ、彼がそこにいれば最愛の妹さえ必要無いと思えるのは何故だろう。

「私は奴とは違う。
何時なんどきもお前に従い、お前に尽くし、お前を守る」

…でも、俺は、スザクを…

「奴は何度お前を悲しませた?
奴は何度お前を裏切った?」

俺、は…

「ルル」

彼は、卑怯だ。
俺のことをたまにルル、と優しい声で呼ぶ。
それは優しいようで、俺に逆らうことを許さない声。

「お前の味方は…私だけだ」

…そう、俺には彼しかいない。

「お前は私とスザクのどちらを選ぶんだ?」

本当は、俺は、スザクを…。

「スザクを選べば、お前は私を裏切ったことになるな」

また彼は俺の心を簡単に読んでしまう。

「しかし、奴はいつお前を裏切るか分からない。
そうすればお前は独りになる」

分かっているくせに。
俺が…スザクを選べないことなんて。

「俺には…お前しかいない」

俺の答えに、彼は満足げに微笑んだ。

「そうだ、ルルーシュ。
それでいい。
騎士は二人も必要無い」

俺の髪を細い指がそっと撫でる。
いつだって彼の触れ方はこうだ。
まるで壊れやすい硝子細工でも扱うように俺に触れる。
その手だけを信じようと思った。

「Chevalierは一人でいい。
お前の傍にいるのは私一人で」

俺がクスリと微笑むと、彼もつられて表情を緩める。
普段の彼はいつも鋭い眼光で、きっとこの顔を見られるのは俺一人なんだろうと
思うと幸せが込み上げて来る。

「お前はどこにも行くな。命令だ」
「Yes,your highness」

恭しく手を取り、甲に唇を落とす彼を見て、思わず頬を染めてしまう。
彼のことだ、俺が赤くなるのを知っていてやってるに違いない。

「…ゼロ」
「何だ?」

俺はどうすればいい?
スザクを信じ、孤独を恐れながら生きるのか。
彼を信じ、今まで培ったものすべてを捨てて永遠に裏切られないと安心して生きるのか。

「…なんでもない」
「そうか」

どちらも欲しいと思うのは贅沢過ぎる。
どちらかしか手に入れられないなんて…究極の選択だな。

「ルルーシュ、お前の騎士は私一人だ」

だって、スザクは俺を…。

「――ああ…そう、だな」

俺はこの時気付くべきだった。

「そう、スザクなんて必要無いだろう?
お前を悲しませるだけの存在なんて…な」

彼…ゼロの言葉の意味に。


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