「ねえ、ルルーシュ」
「どうしたんだ、妙にあらたまって」

今日のスザクはなんだかおかしい。
人のことをジロジロ見つめたかと思えば、急に俯いて考え事を始める。
そして今は、俺の前に正座をして椅子に座るオレを見上げている。
いったい何がしたいのだろう。
いつものように跪くのではなく正座、ということは……。
……俺の機嫌を損ねるような話なのか?

「もしも、もしもの話なんだけど」

本当にもしもの話なんだ、とスザクは何度も念を押した。
俺はその言葉に分かったと返事を返し、頬杖をついてそっぽを向く。
ちらりと目だけを動かしスザクを見れば、ふと目が合ってしまい、もう一度俺は壁の方を見つめた。

「もしも、今僕が君を食べたいって言ったら、どうする?」

――がたんっ!



Canibal



派手な音を立てて、俺は立ち上がった。
肘掛けを持つ手が何故か震えている。
どういう意味だ?
まさか、ここで、こんな昼間からか!?

「あ、違うんだ。そういう意味じゃなくて……」

スザクが慌てて訂正した。
そういう意味、とはおそらく俺が想像したこと。
……違うならいいか。
安堵のため息を吐きながら俺はもう一度椅子に腰掛けた。
しかし、勘違いしたのは自分だ。
「君を食べたい」なんて言葉だけで何を想像しているんだ、俺は。
ふと赤くなりかけた頬を誤魔化すように、俺は首を振った。

「で、一体どういう意味だ。
お前が言うとヘンな風にしか聞こえないんだが」

日頃の行いのせいでな。
俺がそう言うとスザクは苦笑しながら言った。

「そういう意味じゃなくて、本当に、文字通り、君を食べたいって話なんだけど」

厭らしい意味ではなく、純粋に俺が食べたい?
言ってる意味がまったくといっていいほど分からない。
俺が頭を捻っていると、不意にスザクが立ち上がり、恭しく俺の隣に立った。
頬杖をついている方の腕をとられ、バランスを崩しそうになった俺は肘掛けにしがみついた。
いきなり何をするんだ。
俺が恨みがましい目で訴えると、スザクは少し屈んで俺と目線を合わせた。
もちろん手はとられたままだ。

「駄目かな」

そんな困ったように笑われても……俺にはまったく意味が分からない。

「例えば、こんな風に」

言いながら、スザクは俺の手を引く。
一体どういうつもりなんだろう。
未だに理解出来ない。
しかし、スザクが僅かに口を開き、俺の指をそこに運ぼうとした瞬間に、俺はすべてを悟った。
このままでは、食われる?
力を込めて腕を引くと、思ったより簡単にスザクは俺の手を離した。

「何を考えているんだ、お前は!」

信じられないという感情と、本当に俺を食うつもりなのかという疑問が頭の中をぐるぐる駆け巡っている。

「あはは、冗談だよルルーシュ」

スザクは笑いながら、もう一度俺の手を取った。
今度こそ食いちぎられないようにと警戒する俺とは対照的にスザクは微笑み、俺の指にそっと唇を落とした。
先ほどのこともあってか、まるで味見をされているような、おかしな気分だ。
あまりいい気分ではない。

「それに、ルルーシュは食べても美味しくなさそうだしね」

じゃあ何故あんなことを言ったんだ。

「美味くなさそうだとは失礼だな。
仮にも皇帝に向かって」
「え、食べてほしいの?」

俺の冗談を真に受けたのか、スザクは目を丸くした。
慌てて首を横に振る。

「そもそも人肉に美味いも不味いもあるのか?」

ため息をひとつ吐き、俺は話題を逸らした。
スザクはさあ、と答えてその問いについて考え始めた。
考えるようなことでもないだろうに。

「あ、でも」

だが俺の予想に反して、スザクは何かを思いついたようだった。

「もしも戦争の真っ只中で、」

これは下らないことを思いついたな、と俺は直感した。
先は見えたが、俺は黙ってスザクの話を聞いていた。

「すごくお腹がすいて、もう何日も泥水しか飲んでなくて、そんな時にたった今死んだばかりの新鮮な肉が転がっている。
それがどんなに美味しいか……」

ふと俺はスザクを見た。
昔を思い出すような遠い目をしていた。

「分かるかい、ルルーシュ」
「分かるわけがないだろう」

思えば俺とナナリーは比較的食べることが出来た方だろう。
ブリタニアからこちらに放り出された時に持ってきたものを食料と交換することが出来たし、
何よりアッシュフォード家に助けられ、それからは何も不自由しなかった。
しかし、スザクは?

「子供で、無力だった僕がどうやって食い繋いで、生き残ったか」

…………。
おい、まさか。
まさか、今の話は……!

「美味しかったよ、涙が出るくらい」

満面の笑みを浮かべて、スザクは俺を見ていた。

「ぐっ……!」

胃液が逆流するような感覚を覚え、俺はたまらず口を押さえ俯いた。
もしかすると、本当に俺を食べる気だったのでは。
くらくらと眩暈がした。
気持ち悪い。
酷い頭痛と吐き気。

「ルルーシュ」

名を呼ばれ、押さえた手を離さずに顔を上げる。
気がつくと、スザクは俺の真正面に立っていた。
睨みつけるような俺の視線と、見下すような奴の視線がぶつかる。
刹那の間に、口を押さえていた手を引き剥がされた。

「スザっ……!」

抵抗する暇もなく、口付けられる。
掴まれた手首が痛い。
息苦しくなり、空いている片方の手でスザクの胸板を叩くと漸く俺は解放された。

「嘘だよ、ルルーシュ」

肩で息をする俺に微笑みかけ、スザクは言った。

「なっ……!?」

目を見開き絶句する俺を見て、スザクが可笑しそうに笑った。

「僕がそんなことするように見える?
酷いなあ、ルルーシュは」

ああ、こいつは。
どうしていつもこうやって俺を振り回すんだ……!

「まさに『人を食ったような話』だったでしょ」
「……笑えないな」

笑えないついでに、もう一つ。
何故お前は肘掛けに手をつき、俺に覆いかぶさるような体勢になっているんだ。

「さあね」

下心が丸見えだ。

「本当に俺を食うつもりなのか?」

俺が呆れたようにそう問うと、スザクは少し唸った。
せっかくの服や椅子が汚れるのは困るし、痛いのは嫌だ。
出来れば止めて欲しい。

「じゃあ、それは今晩ベッドの上でってことにしておくよ」

……どうしてこいつは、こういうことを何の躊躇いもなく言えるんだ。

「さっきの『食う』とは意味が違うようだが」
「結局僕が君を食べたいって話に変わりはないよ」

本当に恥ずかしいことを真顔で言うやつだ。
たちが悪い。
俺は肘掛けに乗ったスザクの腕を払いのけ、言った。

「まったく、本当にお前は人を食ったような性格だな」



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