僕は人生最大のピンチだった。
今までもピンチは色々あったんだけど、そんなものを遥かに凌駕する大ピンチだ。

「どうしたの、三好君」

目の前のニヤニヤ笑ってる臨也さんがかなり憎い。
この人はいつもそうだ。
人の嫌がることをして面白がってる。

「早く食べなよ」

僕は黙って首を横に降った。
向かいに座る臨也さんの手にはフォーク、その先には緑の悪魔が――ブロッコリーがいた。



ヤサイヤイザヤ



そもそも、臨也さんに食事に誘われた時から罠だったんだろう。
どうやら臨也さんは予め僕の嫌いな物を調べておいて、その料理の出る店に連れてきたらしい。
というわけで僕の目の前には『本日のおすすめパスタ』ことブロッコリーたっぷりのパスタが置かれている。

「早くしないと冷めるよ」

いけしゃあしゃあと臨也さんは言ってのけた。
僕はこの緑のやつが嫌いだ。
特にこのモワッとした見た目が駄目だ、というか味はもう覚えてない。
食べたら美味しいのかもしれないけど、この形が受け付けない。
野菜なら野菜らしく葉っぱの形をしてればいいのに、このプツプツした形がもうやばい。
しかもこのプツプツが全部蕾だというから、考えるだけで痒くなってくる。
とにかくブロッコリーはやばい。
同じ理由でカリフラワーもやばい。

「もしかして食べられないのかな?」

臨也さんはどう見ても分かってて言ってる。
だけど食べないと勿体ないし、農家の人に申し訳ないなぁ……。
……って僕が思うのも分かってて言ってるんだろう。
本当に性格悪い人だ。

「食べにくいなら手伝ってあげようか?
ほら、あーんしてごらんよ」

臨也さんはニヤニヤ笑って、ブロッコリーを刺したフォークを僕の方に向けてくる。
あーんした上にブロッコリーを食べるなんて死んでも嫌だ。
僕は口を閉じたままブンブン首を振った。

「この俺が食べさせてあげるって言ってるんだよ?
ほら、美味しいから食べてごらん。
それになんでも食べないと大きくなれないよ?
ブロッコリーは栄養もあるんだから」

臨也さんが僕の反応を楽しんでるのは明らかなので、出来る限り顔に出さないようにする。
どうしても僕に食べさせたいらしい臨也さんに諦める気配はなさそうだ。
しつこく口を開けるよう催促してくる。
……でも、確かにこのままじゃ埒があかない。
どうせ食べなきゃいけないんだし……。
僕の考えを読んだみたいに、臨也さんは口の前にブロッコリーを持ってきた。

「味が駄目なわけじゃないなら、ブロッコリーだと思わずに目をつむって食べればいいよ。
ほら、あーん」
「うぅ……」

言われた通り、僕はぎゅっと目を閉じて口を開けた。
ぽんっと口にブロッコリーを放りこまれ、勇気を出して咀嚼する。
…………。
…………あれ?

「…………」
「どう?
ちゃんと食べられただろう?」

今まで見た目が嫌で避けてきたけど、味は普通だ。
むしろ美味しい。
ってことは、見た目さえ我慢すれば僕はブロッコリーを食べられるってことだ。
びっくりしてる僕を見て、臨也さんはまた笑っている。

「あとは自分で食べられるよね?」
「あ、はい……」

もう一回、今度は自分で食べてみる。
……やっぱり美味しい。
どうやらただの食わず嫌いだったみたいだ。

「よかったねぇ、俺のおかげで嫌いなものが一つ減って。
感謝してもいいんだよ?」
「……ありがとうございます」

若干恩着せがましいのが気になるけど、事実なので素直にお礼を言っておこう。
帰ったら母さんにブロッコリーが食べられるようになったって報告しようかな……。

「……あれ?」

僕がブロッコリーをもりもり食べてるのとは対照的に、臨也さんの手が止まっている。
僕にちょっかい出してるのは食べ終わったからかと思ってたけど、そうじゃないみたいだ。
パスタは無くなってるけど、セットでついてきたサラダが残ってる。

「食べないんですか?」
「うん?
……ああ、残念だけどもうお腹がいっぱいでね。
食べられそうなら君が食べてくれていいよ」

確かにサラダは色んな野菜がたっぷり入ってて、かなり量がある。
むしろこっちがメインくらいの量だ。
……ってことは相対的に、パスタの量は結構少ないはず。
それでお腹いっぱいってことは臨也さんがかなりの少食なのか、それとも……。

「……嫌いな野菜でも入ってたんですか?」

はぁ?と臨也さんが顔を歪める。
なんとなく気になったので、更につっこんでみた。

「臨也さんが食べたのって野菜入ってないから、サラダ食べないと栄養片寄っちゃいますよ。
少しくらい食べた方がいいと思います」

珍しく臨也さんが黙る。
僕はさっきの仕返しとばかりに笑ってやった。

「食べにくいなら手伝います。
はい、あーんして下さい」

手当たり次第にザクッと出来るだけたくさんの種類をフォークに刺した。
それを見た臨也さんの顔をみる限り、この中に食べられないものがあるらしい。

「――やだなぁ三好君。
俺は君と違っていい大人なんだよ?
野菜が食べられないなんて、そんな子供っぽいこと言うわけないじゃない」

そう言うなり、臨也さんは僕の差し出した野菜をぱくりと食べた。
その上、さっさとサラダをたいらげてしまった。
……お腹いっぱいだったんじゃ……。

「ほらね?
俺に好き嫌いなんてあるわけないだろう?
大人をからかうもんじゃないよ」

そう言った臨也さんの顔は、それこそ静雄さんを見たときくらいに歪んでいる。
よっぽど嫌いな野菜があったらしい。
無理して食べなくてもいいのに……。
そうやってムキになって否定する方が子供っぽいことには気付いてないみたいだ。
僕はもぐもぐブロッコリーを食べながら、今度また臨也さんにサラダを食べさせてみようと思った。



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