「もう、終わりにしたいんです」
 その時の彼の表情を、どんな言葉で表せばいいだろう。
「僕らは一緒にいるべきじゃないと思います」
 酷く辛そうな顔だった。同時に、何かから解放されたような清々しさも持ち合わせていた。後ろ向きでもあり、前向きでもある。そんな複雑な表情を、まだ高校生になったばかりの少年は浮かべていた。
 やめろ、と青年は呟く。その言葉は掠れて、声にならずに途切れて消えてしまった。それでも青年は必死に同じ言葉を繰り返す。続きを言わせてはならない。言わせてしまえば、自分が今の声と同じように消えてしまう。青年はあまりの恐怖に世界が揺れている錯覚さえ覚えた。
「僕には、もう」
 最後にもう一度、青年は懇願した。言わないでくれ、と。
 しかし無情にも少年は首を横に振った。言わなければならないのだと。まるで子供をたしなめるような微笑みを浮かべ、少年はついにその言葉を口にした。
「……僕にはもう、あなたを××することは出来ないんです」
「――っ三好!」
 少年の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。そのわけは青年には理解出来なかった。今の青年には少年の言葉の意味すら理解出来なかっただろう。
 少年の名を呼ぶと同時に世界が反転する。伸ばした腕が虚しく空を切った。
「……みよ、し」
 自分の心臓の音がやけに五月蝿く聞こえ、青年は目を見開いた。少年の姿はどこにも無い。あるのは見慣れた自室だけだ。
「夢……か……」
 伸ばしたままだった腕を引き、青年は自分の掌を見た。夢の中で、少年を掴むことの出来なかった手。
「……クソッ……」
 その手の中にかつて存在したはずの温もりはもう思い出せない。もう二度と触れることも出来ない。
 掴めなかったのは、夢の中だけではなかった。それを思い出した時、青年の目からは止めようのない涙が溢れだしていた。
「何やってんだ、俺は」
 青年は腕で乱暴に顔を拭い、ようやく起き上がった。そしてまるで誤魔化すように身支度を整える。
 平和島静雄が三好吉宗という恋人に別れを告げられてから、一週間が経っていた。



「――ふーん。君にそう言われた時のシズちゃんの顔はさぞや見物だっただろうね。俺も呼んで欲しかったなぁ」
 頬杖をつきながら、折原臨也は茶化すように笑ってみせた。笑うような場面ではないことは当然理解している。それでも、臨也は笑わずにはいられなかった。ようやく大好きな人間が、化物から離れたというのだから。
「…………」
 三好吉宗はただ黙って、ウエイトレスが持ってきたばかりのコーヒーを口に運ぶ。食って掛かるだろうという臨也の予想は外れたようだ。
 泣くか怒るか、そんな反応を期待していた臨也は、つまらなそうに溜め息をひとつ吐いた。
「……××変わらずおかしな子だね、君は。『あれは化物だから関わっちゃ駄目だよ』って、俺がどんなに止めても聞く耳持たなかったじゃないか」
 合点がいかないとでもいうように臨也は続ける。その顔に浮かんでいるのは不満ではなく、純粋な興味だ。自分が何を言おうと三好の静雄への好意は揺らがなかった。それが何故、今になって三好から別れを切り出したのか。臨也はそれに興味があった。
「…………」
 少しの××だ、三好は考えるような素振りを見せた。臨也に話すことを躊躇っているのだろう。
「……僕は」
「うん」
 何かを言いかけたと同時に、ぽたぽたと三好の目から涙がこぼれた。すぐに隠すように三好がうつむく。
「言ってごらん。聞いてあげるから」
 泣くくらいなら、別れなければいいのに。臨也は出かかった言葉を飲み込んで、いやに優しく三好に接した。三好を慰めるためではなく、自分の欲求を満たすために。
 三好も臨也が自分を励ます気など毛頭無いことは分かっていたが、それでも話さずにはいられなかった。
「僕は、静雄さんに幸せになって欲しいんです」
 その声は弱々しく、震えていた。静雄と別れたことを後悔しているのが分かる。しかしそれでも離別しなければならなかったのだと、三好は語り始めた。
「僕が初めて会った時から、少しずつ静雄さんは変わってます。良い方向に向かってると思うんです。だからきっと遠からず、静雄さんを受け入れてくれる人がもっと沢山現れると思います」
 臨也にはピンとこなかったが、確かに静雄は様々な事件を通して変化しているように思える。三好と同じように好意を抱く人間も現れるかもしれない。
「そうなった時に、静雄さんには周りを見ていて欲しいんです。その為には僕の存在は邪魔になるでしょう。僕がいたら、静雄さんは周りの好意に気付かないかもしれない。逆に僕がいるせいで、周りが静雄さんに好意を抱きにくくなるかもしれない」
 だって、ただでさえ男同士だなんて、受け入れてもらいづらいでしょう。
 三好は涙で声を詰まらせながら喋り終えると、気を落ち着かせるように残りのコーヒーを飲んだ。
「なるほどね……」
 臨也は納得したように頷くと、テーブルにあった紙ナプキンを取った。そして涙でぐしゃぐしゃになった三好の顔を見かねたように手を伸ばして拭いながら、慈××に満ちた声で言った。
「そういう綺麗事はいいからさぁ、本音を言いなよ?」
 びくりと三好が肩を震わせる。
 泣いている赤ん坊でもあやすような笑顔で臨也は続けた。
「××手の幸せの邪魔になるから別れた? 違うだろう? 君はその新しく現れた誰かにシズちゃんを盗られるのが怖いんだよね。そうだよね、もしかしたら可×い女の子が現れて、横からかっさらわれるかもしれないし。盗られるのは嫌だ、シズちゃんが誰かと話すのだって見たくない。だから君はそうなる前に自分から離れることにしたんだろう? ねえ三好君、君は××手のことなんて少しも考えちゃいないよ。君が考えてるのは自分のことだけ。自分が傷付きたくないってことだけ。そうだろう?」
 三好が唇を噛み、俯く。再び泣き出すことを期待した臨也だが、意外にも三好はすぐに顔を上げた。
「……そうですね。多分、臨也さんの言う通りです」
 穏やかな表情で、三好は肯定する。三好も馬鹿ではない。臨也に指摘される前に、自分で気が付いていたのだろう。
「僕は弱虫で卑怯者です。自分が傷付くより、静雄さんを傷付ける方を選んだんだから」
 開き直ったように三好は笑った。しかし先程よりも後悔は色を強めている。臨也はそれを感じ取ったが、あえて何も言わなかった。
「静雄さんは僕を恨むだろうけど、それでいつか静雄さんが幸せになれるなら」
「それも独りよがりで身勝手な話だけどね。君がシズちゃんをふった、今のところはそれだけが事実だ」
 臨也が追い討ちをかけると、三好はそれも分かっていたように笑った。そして立ち上がり、テーブルの隅にあった伝票を手に取る。
「話を聞いてもらったお礼に僕が払っておきます。今日はありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったよ。君の人間らしいドロドロした部分が見られたしね」
 三好はまた泣き出しそうに顔を歪めながら、気丈に振る舞っている。
 臨也は慰めのかわりにそんな酷い言葉を送った。それでも三好は泣かない。間接的に静雄に敗北したようで、臨也は複雑な気分になった。
「僕も臨也さんに話して良かったと思います。はっきり言ってもらえて良かったです」
 自分の非を指摘された方が下手な慰めよりも納得出来る。他の友人ならばこうは言ってくれなかっただろう。三好は珍しく、臨也の性格に感謝した。
「あ、そうそう。三好君」
 ぺこりと頭を下げて立ち去ろうとする三好を、臨也が呼び止める。そこで三好にかけられたのは、今日初めて臨也から出た優しい言葉だった。
「月並みな言葉だけど、シンガポールでも元気でね。何かあったらいつでも戻っておいで。俺は誰かさんと違って、いつでも君を含めた人間を平等に××してるから」
「……ありがとうございます」
 それが自分の趣味のためか、それとも本当に三好を案じてかは分からなかったが、三好はもう一度頭を下げた。
 明日には池袋を発たなければならない。三好は名残惜しく感じながら、いつか静雄と来た喫茶店を後にした。



 その日、静雄は酷く不安定だった。その日も、と言うべきかもしれない。
 三好に別れを告げられた日から静雄は酷く荒れていた。その荒れようたるや、上司や友人が声をかけることを躊躇う程だ。今の静雄からは問答無用で全てを破壊してしまいそうな狂気と、突如消失してしまいそうな儚さを感じた。
「やあシズちゃん!」
 そんな静雄に勇敢にも声をかける猛者が一人。
「……いいいざああやああ……」
 その姿を目に留めるやいなや、静雄はいつものように戦闘体勢に入る。折原臨也は、静雄がこの世でもっとも嫌いな××手だ。それは臨也も熟知している。そんな臨也が何故、のこのこと静雄の前に現れたのか。
「まあまあ、少しでいいから俺の話を聞いてよ。君の大好きな三好君の話なんだけど」
 臨也は今にもかかってきそうな静雄を制するように掌を出してみせる。
 わざと焦らすような口調でその名を出せば、静雄ははっとしたように目を見開いた。静雄は未だに、三好への未練を断ち切れていないらしい。
「三好が……三好がどうした」
 敵である臨也に弱みは見せたくないのか、静雄は威嚇するように声を低くする。
 臨也は肩をすくめ、念のため距離を取ったまま感情の読めない複雑な笑みで口を開いた。
「勘違いしないで欲しいのは俺がこの情報を話すのが、それを聞いたシズちゃんに思いっきり苦しんで欲しいのと、三好君の反応を見たいからなんだけど」
 御託はいい、と静雄の目が言っている。
 真実を聞いて泣き叫んで絶望して死んでくれればいい。臨也は目を細め、唇を歪めて笑った。
「三好君はね、自分のいないところで君が笑うのが耐えられないんだってさ。自分がいなくなった途端、君が誰かと浮気するとでも思ってるのかな? とにかくそうなるのが嫌だから、そうなる前に他人に戻りたいらしいよ。随分信用されてないんだねぇ、シズちゃんって!」
 ゆっくりと嫌味な口調で、臨也は三好の本音を述べた。
「……なら、俺がいつも傍にいりゃあ、」
「へえ、これは驚いたなぁ。もしかして聞いてないの?」
 必死に反論しようとする静雄に、臨也は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そしてまるで無力な蟻を踏み潰すような愉悦を込めて真実を述べる。
「三好君はさぁ、海外に引っ越すことになったんだよ。自分がいなくなった後もシズちゃんが自分を好きでいてくれるか不安だからいっそ別れることにした。たったそれだけのことなんだけど……シズちゃんには難しい話だったかな?」
 言い返すことも、ましてや殴りかかることも出来ず、静雄は呆然と立ち竦んでいた。
 今の今まで静雄は、三好に別れを告げられた理由に皆目見当がつかなかった。それがまさか引っ越しが理由だったとは。いや、それだけが理由ではない。自身が三好の考えに気付いてやれず、信用を得られなかったせいだ。
 思えば口下手や照れが先行し、三好に自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられないことが多かった気がする。力が暴走するのを恐れ、三好に触れることすら躊躇っていたこともある。それが三好を不安にさせていたのかもしれない。
「そうそう、これは情報でもなんでもないから特別にタダで教えてあげよう。どんな動物も、おっかなびっくり近寄ってくる××手を好きになったりしない。まずは自分が××手に心を開かないと、当然信頼なんてされないよ」
 静雄の考えを読んだようなタイミングで、臨也がそんな皮肉を得意気に話す。静雄は答えない。事実に反論など出来るはずもない。
 完膚なきまでに静雄を打ちのめして満足したのか、臨也はちらりと携帯電話を見るような動作をしながらわざとらしい口調で言った。
「あーあ、シズちゃんの××手なんてしてたらもうこんな時間じゃないか。参ったなぁ、もうすぐ三好君が出発する時間だっていうのに」
「!」
 出発する時間。その言葉の意味は明白だ。
「今から走れば間に合うだろうから駅まで見送りに行きたいけど、シズちゃんに追いかけられるのは困るなぁ。三好君には後で電話することにして大人しく帰ろうかな。じゃあねーシズちゃん! 情報料は貸しにしといてあげるよ」
 臨也は一方的に喋るなり、駅とは反対の方向へ走って行ってしまった。いつもなら追うところだが、今は追っている場××ではない。臨也に借りを作るのは癪だが、今回ばかりは仕方ないだろう。
「三好……!」
 静雄は駅へと脇目も振らずに走る。その姿から狂気は消え、いつも通りの静雄へと戻っていた。



 友人達に最後の挨拶をし、あとは改札をくぐるだけ。それで池袋とはお別れだ。
 切符を出しかけた手を後ろから掴まれ、三好は振り向いた。
「……静雄さん……」
「三好!」
 どうして何一つ知らせていないはずの静雄がここにいるのか。三好は平静を装い、両親に先に行ってくれるよう頼んだ。そしてすぐに静雄を人目を避けるようにトイレに引っ張り込む。
「なんで、ここにいるんですか」
 三好の声は震えていた。別れを告げたはずの静雄が見送りに来たのが信じられない、といったふうだ。
「僕と静雄さんは、もう赤の他人ですよ。なのにどうして、」
「三好」
 静雄は今にも泣き出しそうな三好の肩に手を添える。他人だと言ったのに、振り払われることはなかった。
「お前はもう、心の底から俺が嫌になったのか?」
 少し俯き、目線を合わせながら静雄が問いかける。三好は答えない。少なくとも否定はされなかった。それだけで静雄は満たされたような気持ちになる。
「もしお前が嫌じゃねえのなら、俺の中だけでいい。お前を一番でいさせてくれ。こんな俺と一緒にいてくれる奴は他にもいるし、ありがてえと思う。けど、お前だけは違うんだ。お前だけは例え嫌われてても傍にいたいと思う。他の誰よりも俺は、三好と一緒にいてえんだ」
 自分の想いを必死に伝えながら、静雄は三好を抱き寄せた。
 他の人間と違い、三好だけが特別なのだと静雄は言う。他の人間達に好かれるのは確かに嬉しい。しかし傍にいたいと熱望したりはしない。それがあるのは三好だけだ、と。
 果たして上手く伝わったかと三好を見やると、三好は静雄の服をぎゅっと掴み、涙を流していた。
「静雄さん」
「何だ?」
「僕も、どこに行っても、静雄さんを一番でいさせて下さい。あんなこと言って許してもらえると思ってません。邪魔だと思われてもいい。その時は僕から離れてくれていいです。でも、そうなっても静雄さんを一番でいさせて下さい」
 ごめんなさい、と謝りながら三好が泣きじゃくる。本当は静雄を嫌ってなどいない。嫌いになどなれるはずがない。
 転校を繰り返す三好は、自分のことを忘れられていくのが怖かったのかもしれない。だからそうなる前に自分から逃げ出したのだろう。
「その……なんだ。不安にさせて悪かったな。俺が気ぃ回らなくてよ」
「静雄さんは悪くないです。僕が勝手に、静雄さんを疑ったりしたから」
 静雄は困ったように眉尻を下げ、三好の頭を撫でた。こんな状況には慣れていない。しかし慣れていないなどという言い訳が、この状況を引き起こしたのも確かである。もしかすると三好はかなり前から不安に押し潰されそうになっていたのかもしれない。
「ちゃんと言わねぇと伝わらねえよな」
 ひとつ教訓を得た静雄は、ごほんと咳払いをし、三好の目を真っ直ぐに見据えた。
「三好、愛してる」
 言いながら、頬が熱くなるのが分かる。何一つ偽りの無い本心だが、口にするのはなかなかに恥ずかしい。
「僕もです」
 三好も熱でもあるのではないかという程に頬を染め、頷く。
 今更気恥ずかしくなり、二人は慌てて改札に向かった。三好の両親の急かす声が聞こえる。
「じゃあな、元気でやれよ」
「はい、また電話します」
 次に会えるのがいつかは分からない。しかしそれでも不思議と不安はほとんど消えていた。帰って来た頃には静雄は人々に受け入れられるようになっているかもしれない。その時、静雄の傍に自分の居場所があればそれだけで幸せになれるだろう。三好は清々しい気分で改札をくぐり、池袋を旅立った。



『今さっきシンガポールに着きました』
 臨也のもとに一本の電話が入った。昨日会った時とはまるで別人のような明るい声で、三好は律儀に報告する。
 何故自分のところに真っ先に電話をしてきたのか分からなかったが、臨也は「それは良かった」と適当に××槌を打った。声の調子から察するに、静雄は間に合ったらしい。
『ありがとうございました』
 電話の向こうで三好が頭を下げたのが分かった。聞き返す臨也に、三好が上機嫌な声で言う。
『臨也さんが静雄さんに何か言ってくれたんでしょう。そのおかげできちんと仲直り出来ました』
 ああ……あれね、と臨也は思い出したように呟く。しかしそれは三好のためなどではない。
「俺はただ、邪魔なシズちゃんが自分の不甲斐なさに絶望して死んでくれたらいいなって思っただけだよ。××にく、当てが外れたけどね」
 臨也が顔を歪めて言い返すと、三好の笑い声が聞こえた。素直に礼を受け取らない臨也が可笑しかったのだろう。
『じゃあなんで出発時刻、静雄さんに教えてくれたんですか?』
「丁度その時間に池袋で用事があったから、君を囮に使うことを思い付いただけだ。何にしても俺が自分のためにやったことなんだから、君が感謝するのはお門違いだよ」
 恥ずかしがることはないのに、と三好は口を尖らせる。敵である静雄を結果的に助けてしまったのが臨也には不満なのかもしれない。或いは本当に偶然が重なってこの結果になったのか。
『今回のことで、静雄さんの次くらいに臨也さんも好きになりました』
「嘘だろう?」
『嘘ですけど』
 礼を受け取らないのであればと軽口を叩いてみると、あっさり否定されてしまった。
 三好が嘘をついたのは正解だが、ついた部分を臨也は誤解している。今回と言わず、前々から臨也のことは嫌いではない。そうでなければ相談などしなかっただろう。ただ、順位が静雄より下だということに変わりはないので、あえて言及しないでおいた。
「本音を隠して建前や嘘を言うのは良くないよ。君は子供なんだから、子供らしくもう少し素直に振る舞うべきだ」
『臨也さんにだけは嘘つきだなんて言われたくないです』
「やだなぁ三好君。俺は君と違ってこんなに素直なのに」
『自分に、じゃないですか』
 子供扱いされたことに眉をひそめ、三好は臨也の言葉に付け足す。そんな返答をされるとは思わなかったのだろう。今度は臨也が笑う番だった。
「人間は誰しも自分に素直な生き物だよ。結局は自己満足出来るかどうかだ。だからこそ俺は、人間を××してるんだけどね」
 三好は呆れたように溜め息を吐いた。臨也がどういう人間かは分かっていたが、こうも持論を述べられると閉口したくなる。そうしたくなるのは、臨也の意見を一理あると自身が認識しているからだというのが、また質が悪い。自分と臨也はもしかすると同族なのかもしれない、と三好は自己を分析した。
 いや、ひとつだけ決定的に違うところがある。
『自己満足でもなんでもいいです。僕は静雄さんを愛していますから』
 やはり、昨日会った時とはまったくの別人だ。人間は僅か一日でこうも変わるものなのか。臨也は興味深げに笑う。
「やっぱり君は面白いよ」
 それを嫌味と取ったのか、三好は淡々と礼の言葉と××拶を述べ、電話を切った。次は静雄に電話でもするのだろう。残された臨也は溜め息と共に肩をすくめる。
「……さて、次はどうしようかな」
 二人がどうなるのかは誰にも分からない。しかしどう転んでも臨也にとってはエンターテイメントに違いない。二人に作った貸しをせいぜい有効活用して楽しもう、と臨也は笑った。



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