「こんばんはー!」
静かな部屋の中に、明るい声が響き渡る。同時に、何かをぶつけたような鈍い音も。
「こんばんは……甘楽さん……」
「って田中太郎さん!?」
後者の正体は、室内にいた田中太郎のものだった。田中太郎は甘楽と同じくドアノブを握っている。扉を開けようとした瞬間に甘楽が扉を勢いよく開き、田中太郎は顔をぶつけたらしい。
「きゃー、大丈夫ですか!?」
「なんとか……。でもよかったですよ、丁度甘楽さんが来てくれて。皆さん早めに帰ってしまって、私も帰ろうとしてたんです」
「そうなんですか!? 甘楽ちゃんギリギリセーフ☆」
二人は談笑しながら部屋の中の椅子に座る。いつもはもう少し人がいるこの部屋も、今日は田中太郎と甘楽の二人だけだ。
入れ違いにならず本当によかった、と甘楽は思った。何せ今日はとびきり楽しいゲームを用意してきたのだから。
「……ところで甘楽さん、今日はやけに大荷物ですね」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたっ!」
田中太郎の空気を読んだ発言に、待ってましたと甘楽は食いつく。
甘楽は早速、持ってきた大きな鞄からごそごそと板のようなものを取り出した。
「よいしょっと」
甘楽は正方形の板をテーブルの上に置く。かなりの場所を取るそれには、同じく正方形でマス目のようなものが書かれている。
「……なんですか、それ? オセロとかのボードみたいですけど」
「うふふ、ある意味近いかもです」
田中太郎の素直な感想に含み笑いをもらし、甘楽は椅子から勢いよく立ち上がった。そして、板を手で指しながらその名を宣言する。
「これはっ! 『甘楽ちゃんのゲーム盤』です!」
…………。
しばし、沈黙があった。
おそらく、いや間違いなく、その時の田中太郎の目は点になっていただろう。対する甘楽は自信満々といった様子だ。
「今日は皆さんと遊ぼうと思って、甘楽ちゃんがとびっきりのゲームを持ってきてあげたんですよう! 一対一でも一対多でも遊べるし、きっと楽しいですよ!」
置いてきぼりになっていた田中太郎の思考が少しずつ追い付いてくる。どうやら甘楽はこの板を用いて、何かの対戦ゲームを行うつもりらしい、と。
「あの……具体的にどんなゲームかの説明が皆無なんですけど……」
「んもう、太郎さんってばせっかちさん! それは今からちゃあんと説明しますよう☆」
田中太郎からのもっともな質問に、甘楽が唇を尖らせる。しかしすぐに満面の笑みを浮かべ、ゲームの概要が書かれた紙を田中太郎へ手渡した。
『甘楽ちゃんのゲーム盤 基本ルール
・ゲームマスターの出題に対し、挑戦者はその真実を暴く。
真実を暴けば挑戦者の勝利となる。
・ゲームマスターは真実を語る際に【赤】を使用する。
赤は絶対の真実であり、疑う余地は無い。
また、赤を使う際にその根拠を説明する必要は無い。
・挑戦者は《青》で自身の推理を述べる。
ゲームマスターは赤で反論する義務を持ち、反論出来なければ挑戦者の勝利となる。
・挑戦者はゲームマスターに対し“赤での復唱を要求する”ことが出来る。
しかしゲームマスターに答える義務は無い』
「――これで大体分かりました?」
「まあ、なんとなくは……」
「実際やってみれば、ちゃんと分かると思いますよう!」
田中太郎は紙を見ながら頭をかく。
確かに説明だけで把握するのは難しいかもしれない。それは当然甘楽も理解していたようで、実際に簡単な例題を出題した。
『ついこの前、道に自販機が刺さってたんです!
でもなんとなんと!
【自販機を持ち上げるのに必要な道具を使った形跡は一切無い】んだって!
私は宇宙人の仕業だと思いますー!』
「それ、どう考えても静雄さんですよね……」
「そういう時に復唱要求と青を使うんですよー!」
突然飛び出してきた池袋あるあるに、田中太郎は思わず苦笑した。しかし、これはそういうゲームだ。甘楽の言う通りルールに則って反論しなければならない。
「えーと、じゃあ復唱要求で“この事件に平和島静雄さんは関係無い”。青で《静雄さんが投げた自販機が刺さった》でどうでしょう」
池袋に住む者なら当然の反応だ。
しかし甘楽はくすくすと笑って復唱に応じる。
「【平和島静雄さんは関係無い】です! なので青は無効ですねっ☆」
「えっ!?」
それしか無いだろうと考えていた田中太郎は当然パニックになってしまう。そんな反応をさせることが目的だったらしい甘楽は、思惑通りに進んで上機嫌のようだ。特別に正解を田中太郎に伝える。
「実はこれ、竜巻のせいだったんですよー! 自販機が運悪く飛ばされたんですね。 ちなみに池袋で起きたことだとは一言も言ってませんです☆」
なるほどなぁ、と田中太郎は納得したように頷いた。そういった固定観念こそ、このゲームでは命取りになるらしい。甘楽はそこを上手く利用したようだ。
「なかなか奥が深いゲームですね」
「そうなんです! みんなで考えるといろんな意見やトンデモ推理が出て、とっても楽しいですよ! さあさあいよいよ本番に……」
「って言いたいところですがすいません、そろそろ落ちるので続きはまた今度ゆっくり」
「わっ! 確かにもう遅い時間ですね……私も落ちます。おやすみなさーい」
田中太郎に続いて時計を確認すると、いつもより時間が経っていた。ゲーム盤を持ってくるのに手間取ったこともあり、元々入室したのも遅い時間だったのだから仕方ない。
本格的にゲームに挑むのは日を改めることにし、二人は部屋を出た。