※2015/04/26に出したコピー本と同じものです。



「ねえねえ、イザ兄! こないだヨシヨシさんに会ったんだけどね」
 臨也の妹――双子のうちテンションの高い方――折原舞流はそんな言葉で話を切り出した。
 この妹達がなにもかもいきなりで、それはまるで突如として発生する竜巻に似ていることを臨也は嫌というほど知っている。暴風雨で事態を引っ掻き回して、いつだって好き勝手をしてくれる。その動きはまさしく臨也の妹と評する他ないのだが、臨也自身は思い通りに動かせない彼女らに手を焼いていた。今回も二人は勝手に部屋に押し掛け、ジュースを飲んでくつろいでいる。
 そんな彼女らが新たに目をつけたのが「ヨシヨシさん」という人物である。そのゆるい響きとは逆に、臨也は少し顔をしかめてみせた。彼女らが何を言おうとしているのか警戒しているようにも見える。
「ヨシヨシさんって写真で見るより、実物のほうが可愛いね。もちろんあの写真もエロチックで犯罪の香りが立ち上っててスッゴイそそられるんだけど、お喋りすると子犬系な可愛さが前面に出てくるっていうか!」
「癒(癒し系)……」
 妹――双子のうち大人しい方――九瑠璃も舞流と同意見のようだ。舞流があまりに度が過ぎたことを言うと容赦なくつねり上げる九瑠璃だが、今回は彼女と同感らしい。その言葉に舞流の眼鏡がキラリと光る。
「だよねだよね、クル姉もそう思うよね! ヨシヨシさん可愛いし和むし癒されるし、現代のストレス社会にはぴったりだと思うんだよね。家に帰ったときにあの笑顔でお出迎えされたら疲れも吹っ飛んじゃうよ! 私男性は幽平さん一筋だけどヨシヨシさんはノーカンだからオッケー! あの人は愛玩ポジだもん。あっ、もちろんベッドで待っててくれてもいいんだけどね、私が男役なら!」
 許可が降りたとばかりに調子に乗った舞流は、まったく見た目にそぐわないオヤジじみたことを言い出した。本人が聞いたら目眩をおこして倒れるのではないだろうか。
 額を押さえ、臨也はなんとか二人の勝手な物言いに口を挟む。
「ちょっと待て。なんでお前達がその『ヨシヨシさん』を知ってる? なんの写真だ?」
 それは話の内容以前の疑問点だった。臨也が彼女らに「ヨシヨシさん」の話をしたことはない。或いは一緒にいるのを見られた可能性はあるが、名前は知らないはずだ。
「えぇー、今更そこ!? これ見よがしすぎて自慢かと思ってたんだけど」
「……飾(飾ってるのを見た)……」
 妹達は信じられないとばかりにぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた。実際にうるさいのは舞流だけだったが、心情としては二人とも同じのようだ。
 その反応で臨也はやっと二人の言う写真に思い当たる。自室にあるフォトフレームの中身。いつ見られたのか、そして何故その人物の顔と名前が結び付いたのかは知らないが、確かにその写真はあった。
 大仰な動きで舞流が件のフォトフレームを取りだし、見せつけるように掲げると、出遅れた臨也の顔が険しくなった。
 木製のダークな色のフォトフレームには、ある少年の写真が収まっていた。暗い色のフレームに少年の着ている白いパーカーが鮮やかに映える。少年は胎児のように身体を丸めて目を閉じており、その横顔はやや苦しげだ。
「もぉーこの顔堪らないよねぇ。もし女の子だったら結婚申し込んでたかも!」
「訂(ヨシヨシさんはそのままでも可愛いと思う)……」
「クル姉ったら分かってるね! さすが私のクル姉! ヨシヨシさん可愛すぎだよねー。もちろんクル姉のほうが可愛いんだけど☆」
 双子漫才を、相変わらず歪めたままの顔で臨也は眺めている。普段の臨也を思えば珍しい反応と言える。
 その写真は、彼女らの言う「ヨシヨシさん」こと三好吉宗を、スーツーケースに詰め込んだ時の写真だった。自分の思惑通り、薬入りのジュースで昏倒した三好をスーツケース詰めにした際、ふとした思い付きで撮影したものだ。そして我ながら良い写真が撮れたと自画自賛した臨也は写真を部屋に飾っていた。
 その写真を見ては思い出し笑いをするという、波江が本気で気持ち悪がる行動に出ていた臨也だが、写真をいつの間にか妹達にも見られていたらしい。或いは波江がリークしたのか。臨也が気に入って写真まで飾る相手、ということで二人も興味を持ったのだろう。自力で三好にたどり着きコンタクトを取ったようだ。
 まったくなんて行動力だ。身内の臨也すら感嘆を通り越して呆れてしまう。そもそも双子で全てが対称になるようくじ引きをし、その取り決めに従って今日まで生活してきているのだ。そんな彼女らにしてみれば、この程度では行動力を発揮したなどと呼ばないのかもしれない。
「可愛いだけじゃなくてやるときはやるし、こんな目にあってもめげないでイザ兄に構ってくれるし」
「……優(すごく優しい人)……」
「そうなんだよねー! 正義感もあって……あれ? 正義感あるのになんでイザ兄なんかと一緒にいるんだろ? まあいっか。そこも魅力といえばそうなのかな?」
 兄を落としつつ三好を褒めちぎる二人は、意味ありげな笑みを浮かべている。何が言いたいんだと臨也が問うより先に、舞流はフォトフレームで顔を隠し、しかし隠れきれない笑顔で言った。
「ほんと、イザ兄が好きになるのも分かるなぁ」
 臨也の顔はますます不機嫌に歪む。彼がこんな顔をするのは、せいぜい平和島静雄を前にするときくらいだろう。それくらい露骨に顔に出ている。
「そうだよ、俺は三好君を愛してる。何故なら俺は人間を愛しているからね」
 気を取り直すように、臨也は小馬鹿にした声で吐き捨てた。ふーん、とフォトフレームを下ろした舞流が気のない返事をする。
「捻(素直じゃない)……」
「別にいいと思うけどなー、ヨシヨシさん絶対いいお嫁さんになるよ。あ、それともイザ兄がお嫁さんなのかな? 妹としては複雑だけど、私達はどっちでも応援するよ」
 二人はまるきり臨也の言葉を信じていないようだ。そんな勝手なことを言っている。おそらく、どれだけ臨也が否定しても無駄なのだろう。それでも臨也はムキになったように、重ねて否定の言葉を述べた。
「確かに三好君はお気に入りの玩具ではあるけどね。それを言うに事欠いて特別視してる? 馬鹿馬鹿しい。人間を平等に愛する俺があんな子供相手にそんなこと、考えるわけないだろう?」
 それを受けて、更に悪乗りした舞流は目を輝かせながら一際大きな声で返す。
「そうなんだ! じゃ、私がヨシヨシさんをお嫁さんにもらってもいいってことだよね! スーツケースに詰められて苦悶の表情のヨシヨシさん……なかなか興奮するシチュエーションだよね!」
 舞流は早口でそう言い切るなり「むちゅー」という効果音でも付きそうな唇を伸ばした顔で、写真にキスをしようとした。
「いい加減にしろ」
 そんな冷たい声と共にフォトフレームを臨也に奪われ、それは叶わなかったのだが。
「もー、イザ兄! 人間を平等に愛してるっていうなら、ヨシヨシさんを愛する妹のことも愛して受け入れるべきだと思うけど!」
 兄の刺々しい対応に、唇を尖らせたまま舞流は抗議した。その隣で九瑠璃は黙って様子を見ている。普段であれば舞流はつねり上げられるところだが、九瑠璃も思うところがあるのか、今回は見守っているだけだ。
 そんな妹達を交互に見て、臨也は鼻で笑った。
「言っただろう、三好君は俺のお気に入りなんだ。今のところはね。だからいくらお前達でも、俺の大事な玩具で遊ぶのは見過ごせないな」
 嘲笑うような言葉ではあったが、それを聞いた双子は同時に目を丸くして臨也を見た。本当に驚愕したとでもいうふうに。臨也としてはただの軽口のつもりだったのだが。
 二人の過剰な反応は臨也にとって閉口ものだ。仮にも兄の臨也の言葉を疑い、勝手な解釈をしているのだから。これは猿でも分かるレベルの説明をしてやるべきか。新たな皮肉を言おうとしたところで、臨也の携帯が鳴った。
 着信 三好吉宗。
 タイミングがいいのか悪いのか分からない。臨也はディスプレイを見つめてから、電話に出ることを選択した。
「ああ、三好君? 何か用かな?」
 臨也の第一声に、電話の相手が誰だかすぐに分かったようだ。二人も電話を聞こうとにじり寄ってきた。臨也は手首を振って、追い払う仕草をしながら電話を続ける。
 話を聞くと、少し前に依頼していた件で報告をしたいとのことだった。そこまで急ぎの件ではないが早いに越したことはない。
 普段ならこちらに呼ぶところだが、今日は余計な二人が付いてきてしまう。臨也はどこかで食事でもしながら話そうと提案した。三好もそれを快諾する。
「いいなぁー! 私もヨシヨシさんとご飯行きたいー」
「……妬(ずるい)……」
 電話を切り、追い払った妹達に視線を戻すと、二人は不貞腐れたようで早速不満を訴えてきた。一応これは遊びじゃなくて仕事だと臨也が伝えても、そんなことは右から左に抜けていっているようだ。
「そんなに行きたいなら自分で誘えばいいだろ、『ヨシヨシさん』を」
「イザ兄、浮気容認派だったんだね」
「だから俺は人間を愛してるって言ってるだろ。そんなことより、早く出て行ってもらえないと出られないんだけど」
 臨也はフォトフレームを元の場所に置くと、二人を邪魔そうに追い出しにかかった。別に臨也と三好が会うのを妨げたいわけではないので、二人は大人しくそれに従う。
 三好との待ち合わせに出掛けていく臨也を見送って、外に閉め出された二人は顔を見合わせた。
「自分で誘えばーだって」
「……既(もう誘った)……」
「そうそう、誰かさんのせいで断られちゃったんだよね。タイミング悪かったなー」
「先(その日は先に)……兄(約束されてたから)……」
 頭の後ろで手を組んで溜め息を吐く舞流と、胸の前で指をこねる九瑠璃。対称的な二人はまるきり同じことを考えていた。
 二人の誘いを断ってどこかへ向かう三好と、今しがた出掛けた臨也の足取りが非常によく似ていると。



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