残念ながら、今年の七夕は雨らしい。
今日再会するのを楽しみにしてた織姫と彦星は、会えないまま一年間過ごすことになる。
それが悲しくて二人が泣いて、その涙が雨になって降るんだってさ。
――なんて、いかにも同情するような口振りでそう語った俺に、画面の向こうの三好吉宗はこう答えた。

『じゃあ、スカイプ使えば良くないですか?』



天の川を泳いで渡れ



「……さすがは三好吉宗君、目の付け所が違うね。
ゆとり教育の弊害ってやつかな」

相変わらず想像の斜め上をいく発言だ。
思わず椅子から落ちそうになったけれど、俺はなんとかそれだけ言った。
電話でもメールでもなくスカイプってあたりが実に現代的だ。

『冗談です』

俺の嫌味も構わず、三好吉宗はけろっと言ってのけた。
向こうのマイクの性能が良くないのか、音声は少し雑音が入る。

『会話だけでもする努力をすればいいのに。
こんな感じで』

ヘッドセットのコードを弄り、目を擦りながら俺は彼の話を聞いた。
こんな感じ、というのは多分スカイプのことだろう。
彼がシンガポールに引っ越してから、電話では料金がかかるというので俺に無理矢理導入させたものだ。
そうまでして俺と会話したいんだね、という言葉も笑顔で頷かれてはどうしようもない。

「会わせてもらえないんだから、会話や手紙のやり取りも禁止されてるんじゃないかなぁ」
『じゃあツイッターで相手のツイート見るのはOKとか。
フォローとリプは禁止で』

つくづく現代っ子の発想だ。
話を聞きながら、三好吉宗という人間はあんな風に引き離されても悲観に暮れることは無いんだろうな、と思った。
きっと次々とポジティブな何かを考えてしまう。
面白くも、観察のしがいもない。

「どうせなら君も、織姫と彦星みたいに泣きわめいてごらんよ。
臨也さんがいなくて寂しいです、って」
『……そんなの見たいんですか?』
「うん、そっちの方が面白いから」

そんな彼が俺のために泣いたりしたらどんなに面白いだろう。
俺がわざとらしい意地悪な声でお願いしてみると、三好吉宗はうーんと唸った。
我ながら結構いい趣味だ。
でも実際にやられたら鼻で笑うんじゃないかな。
何泣いてるの三好君、って。

『分かりました』
「……うん?」

突然きっぱり宣言されて、今度はこっちが困った。
何が分かったんだろう。
本当に泣いてくれるってことかな?

『でも臨也さん、時間大丈夫ですか。
もう夜の11時だけど』
「三好君こそ、学校とかあるんじゃない?
俺の方は大丈夫だよ」

彼に言われて時計を確認する。
目を擦ると確かに11時を回っていて、そろそろ寝てもおかしくない時間だ。
しかしそれよりも今は彼がどんな行動を取ろうとしているのかが気になる。
まさか本当に泣いたりするんだろうか。
「泣く」じゃなくて「鳴く」とかでお茶を濁すなんてつまらないことはしないだろう。

「――っと」

ニヤニヤしながら待ってると、突然インターホンが鳴った。
こんな時間に客らしい。
俺は席を外す旨を伝えて、ヘッドセットを取った。
慣れないからどうも肩が凝る。
首を回しながら外の様子を伺うと――

「っ!?」

そこには、いるはずの無い人間が満面の笑みで立っていた。
声もかけずに、思わず反射的にドアを開ける。

「こんばんは」

なんでここに、と目を見開く俺に三好吉宗はニッと笑った。
スマートフォンを耳に当てているから、さっきまでの通信は内蔵アプリの方を使ってたんだろう。
そういえば、さっき日本時間を正確に言ってたっけ。
時差があるはずなのに。

「臨也さんっ」
「わっ!?」

してやられた、なんて考えてた俺に、三好吉宗は唐突にタックルをかました。
というより抱き付いてきたんだけど、踏ん張りそこねたせいで尻餅をついたから似たようなものだ。

「ちょっ……三好君、」
「会いたかった!」
「はっ!?」

よくよく見ると彼は鼻をぐすぐす言わせている。
どうやら三好吉宗は本当に泣いてるらしい。
さっき言ったことは本気だったのか。
気付くと俺は予想に反して眉尻を下げ、彼の頭を撫でていた。
三好吉宗は子供みたいに泣いている。
若干大袈裟すぎるから、わざとやってるんじゃないだろうか。
嘘泣きでもどっちでもいいけど、その状態で顔をすり付けてこないで欲しいな。

「ほら、とりあえず上がりなよ三好君」

俺は思いっきりしがみついてくる三好吉宗をベリッと引き剥がして、さっさと中に入るよう促した。
雨に濡れているようだし、着替えた方がいいだろう。

「……あの、臨也さん」
「何?」

三好吉宗は顔を上げるなり突然、言いにくそうに口を開いた。
何事かと振り返ると、彼はごしごし目を擦っている。
どうやら泣き止んだらしい。
早すぎるから、やっぱり何割かは嘘泣きだったようだ。
期待に応えてくれたのは有難いけど。
それをわざわざ指摘せずに俺が黙っててあげると、向こうも同じようにだんまりを決め込んだ。
何かを唸ってばかりで一向に言う気配は無い。
一体何が言いたいんだろう。
俺がせっつくと、三好吉宗は困ったような、不思議そうな、曖昧な顔で答えた。

「もしかして、臨也さん。
泣いてたんですか?」



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