「なあなあ、ヨシヨシ!
スマホ見せてくれよー!」

正臣がそんなことを朝から言ってきた。
僕の持ってるやつは最新型だから、結構珍しいのかもしれない。
特に見せられないようなデータは入っていないので、躊躇いもなく正臣にスマホを貸した。

「おお、さんきゅ。
アプリってどうやるんだ?」

正臣は画面を適当に弄っている。
どうやら目的はアプリらしい。
確かにいくつかゲームは入れてるけど、地図とか実用的なやつの方が多いからあんまり面白くないと思う。
僕が簡単なパズルゲームを表示しようとすると、正臣は「違う違う!」と否定した。

「そーじゃなくて、俺が見たいのは最近話題になったやつだよ。
ヨシヨシのスマホに入れてやろうと思ってさあ。
これでお前が抜け駆けしてないかの抜き打ち検査が出来るだろ?」

ニヤリと何かを企むように、正臣は笑った。
正臣の言ってるアプリは、こないだからネットで話題を呼んでるGPSアプリのようだ。
位置情報や通話履歴が登録されたメールアドレスに自動的に届く、という恐ろしいアプリ。
もしも仮に正臣がアドレスを登録すれば、僕の位置がいつでも正臣から見られるようになる。

「……正臣は俺をストーキングして楽しいと思う?」
「へっ?
……あー、確かに……なんか気が滅入りそうだな……。
可愛い女の子ならともかく、ヨシヨシじゃなぁ」

彼女に監視されるのも十分つらそうなのに、何故男にされなきゃならないのか。
野郎が野郎の現在地を知って何が楽しいんだ。
しかも僕なんて、どうせ池袋のどこかでしか遊んでないし、通話履歴も友達と先輩(男)ばっかりだ。
『サンシャインなう』なんて情報が送られても、でっていう、だ。

「……あれ?」

アプリの導入は潔くやめてくれたはずの正臣が、妙な声をあげる。
僕が画面を覗きこむと、そこにはあるはずのない物があった。

「なんだよ、なんでもう導入されてんだよ!
まさかヨシヨシ、彼女持ち!?」
「な、なんで!?」

そう、例のアプリだ。
慌てて起動して見ると、登録されているアドレスにはなんだか見覚えがある。
……さっきの言葉は訂正しよう。
野郎の現在地を知って楽しんでる野郎、知り合いにいた!



「やあ、もっと早く来るかと思ってたよ」

臨也さんは悪いともなんとも思ってない様子で、僕を出迎えた。

「なんでそんなことしたんだ……って言いたそうな顔だね。
答えるまでもないと思うけど、君がどこで何してるか興味があったからだよ」

やっぱり、犯罪だとかそういうことは微塵も思ってないらしい。
いっそ清々しいくらいだ。

「……臨也さんは、僕なんかをストーキングして楽しいと思います……?」
「もちろん、行動を観察するのは楽しいと思うよ。
実際、君には楽しませてもらったし、楽しいに決まってる。
君だけに限った話じゃなく、相手がどんな人間でもね!」

僕は閉口した。
ある意味さすがだと思う。
思うけどさ。

「じゃあ別に僕じゃなくて、誰でもいいじゃないですか」
「うん、もちろんそれも考えたんだけどさ。
残念だけど、君以外にアプリに対応したスマホ持ってる人が思い当たらなくてね。
君が思ってるより少ないんだよ?
最新機持ってる人って」

そう言われると確かに、僕の周りもあんまり持ってない……。
だからってただの高校生なんて観察しなくてもいいと思う。
大抵の場合、家と学校しか往復してないんだし。
そんなのを見て楽しいんだろうか。

「だから、俺は十分楽しませてもらったんだってば。
君はもっと自信持っていいんだよ」
「はあ……」

……ってなんで僕が励まされるような形になってるんだ。
今話してるのはそういうことじゃなくて!

「あ、これからお客さんが来るんだ。
悪いけどそろそろ帰ってもらえるかな」
「はい」

……色々文句とか言いたかったはずなのに、気付くと臨也さんに追い出されていた。
なんか上手く丸め込まれた気がする。
しかし、僕の行動見て楽しめるなんて変わった人だなぁ。
いつもどこにいるか観察してるってことは、わざわざ時間を割いてアプリ見てるってことだ。
そこまでして見る価値があるとは思えないんだけど……。
なんだか釈然としないけど、まあいいか。
僕はアプリを起動した。
画面には瞬時に地図が表示される。

『現在地:池袋』

僕は今、池袋にいることになっている。
……遊びで入れた位置情報偽装アプリが役に立つとは思わなかったな。
おかげで僕が毎日新宿を――臨也さんちを確認してから帰ってるのは誰にもバレてないみたいだ。



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