返事を待たず、僕はくしゃみをしながら臨也さんの家に上がり込んだ。
外は寒すぎて立っているだけで震えが止まらない。
そんな日にわざわざ出向くように言ってきた臨也さんを恨まずにはいられないくらいだ。
「いらっしゃい、三好君。
雪の中ご苦労様」
僕は黙って靴を揃えた。
靴も雪で冷たく濡れている。
今日は天気予報で久々の大雪だと言ってたっけ。
それを分かってて呼ぶんだから、性格悪すぎる。
「そんな顔しないでよ。
ほら、温かい飲み物でも用意してあげるからさ」
臨也さんは僕にソファーを勧め、飲み物を取りに行ってしまった。
服も雪で濡れてるから座っていいのか分からない。
だけどタオルを出してくれなかったのは臨也さんの過失だし、無視して座った。
外と違って、家の中は空調が効いてて温かい。
やっと震えが止まってきたけど、まだ手足は冷えてる。
臨也さんに温かい飲み物をもらおう、それにタオルも。
早くしないと身体についた雪が溶けてソファーが水浸しになりそうだ。
弁償とかさせられたら困る。
「お待たせ、三好君」
やっと臨也さんが戻ってきたらしい。
待ちくたびれた態度を出さないように気を付けて、僕は座ったまま臨也さんを見上げた。
「――わ!?」
僕は思わずすっとんきょうな悲鳴をあげた。
頭から顔に何か冷たいものが落ちてきたからだ。
すぐにそれは外で頭についた雪だと分かった。
だけど、なんで急に?
室温で溶けたのか?
顔に垂れた雪からはやけに甘い匂いがする。
あと、なんか白い。
雪ってこんなんだっけ?
「君を呼んだ訳なんだけどさ。
――かき氷が食べたくなってね」
未だに状況を理解出来ないでいる僕を無視して、臨也さんは勝手に話を進めた。
どうやらそれが僕に頼みたいって言ってた用事らしい。
でも僕は手ぶらだ。
「ひっ!
……い、臨也さん……!?」
気付くと僕はさっき以上に聞くに耐えない悲鳴をあげていた。
臨也さんが何故か僕の頬に手を添えたところまでは分かる。
だけど、その後は何だ?
額を……僕が間違っていなければ、舐められた、ような……。
とにかく何か危険だと本能が訴えてくる。
僕が手を振り払って逃げるより早く、覆い被さるようにして、臨也さんがソファーに手を付いた。
僕の身体は完全に臨也さんとソファーの背もたれに挟まれている。
逃げられない。
「寒い日に温かい部屋で食べるアイスクリームとかって、なんであんなに美味しいんだろうね?」
僕の反応を伺うように臨也さんは笑みを浮かべている。
かき氷、ってまさか。
臨也さんの言葉の意味を理解した瞬間、血の気が引くのが分かった。
部屋は温かいのに、さっき以上に震えが止まらない。
「うん、冷たくて美味しいよ、三好君」
僕の髪を伝って頬に垂れた雪を、臨也さんの指がすくった。
それを赤い舌が、見せつけるようにして溶かす。
まるで操られたみたいに僕の目はその行動に釘付けになっていた。
なんとか逃れようと目線をさ迷わせると、床に転がっている――さっきまで臨也さんが確かに持っていたものに目が留まる。
そこで僕は、僕に積もった雪にかけられたものがコンデンスミルクだったことにようやく気付いた。
「……ずいぶん震えてるね。
そんなに寒いなら、お風呂を貸してあげるよ。
温まっておいで」
僕の首筋まで垂れた雪と練乳と冷や汗を舐めとり、臨也さんが囁く。
ここで従うふりをしても、逃げる隙なんて生まれないだろう。
僕は絶対に逃げられない。
ごくりと唾を飲み込むと、臨也さんが満足そうに笑った。