面白くない。
つまらない。
そんな単語がぐるぐると頭の中を回って、手がまったく動かない。
キーボードに乗せた指は止まりっぱなしだ。

「うんうん、それで?
……へえー!」

必然的に無音になった室内に、三好吉宗の声だけが反響する。
彼が喋ってる相手は俺じゃない。
電話の向こうの――会話から察するに前の学校の――友達だ。
最後に彼が俺に言ったことといえば「すいません友達から電話きました」だったっけ。
自分から押し掛けて来ておいてこの態度とは、彼はここを別荘か何かだと勘違いしてるんじゃないだろうか。
ここは俺の事務所で、持ち主の俺は仕事中だっていうのに。
そんなことは自分の家に帰ってからやりなよ。

「彼女出来たって、本当に?
……え、あの隣のクラスだった子?
嘘、なんで?」

どうやら、その友達とやらに彼女が出来た話らしい。
別に盗み聞きじゃないよ。
わざわざそんな聞き方しなくても、嫌でも聞こえてくるんだから。

「あはは、ごめんごめん。
絶対嘘だと思ったからさ」

らちが明かないから無理矢理にでも手を動かそうとしたところで、三好吉宗の声のトーンが上がる。
おかげで、せっかく動きかかった手がぴたりと止まってしまった。
……そんなに邪魔がしたいのかな。
眉をひそめて三好吉宗を睨むと、彼は対称的にそれはもう楽しそうに笑っていた。
俺の存在なんて完全に忘れてるみたいだ。
どうせ気付かないならと、俺はその笑顔をじっと観察した。
彼がこんな風に普通の高校生の顔で笑うのは、少なくとも俺に対してはあり得ないことだ。
彼が俺に向けるのは営業スマイルとでも言うべき、子供らしい無邪気さは皆無なものだけ。
もっとも、その笑顔が営業用だと見抜ける人間は多くはないだろうけど。
そんな笑顔を向けられるってことは、当たり前だけど、俺は三好吉宗に仲間意識を持って見られてないってことらしい。
だから俺にとって物珍しいだけで、学校にいる間はいつもこんな顔で笑っているんだろう。
……知らなかった彼の情報が思わぬところでひとつ増えた、と前向きに捉えておこうかな。

「…………」
「…………」

そんなことを考えていると、不意に顔を上げた三好吉宗と目があった。
三好吉宗は目を丸くしたまま、こっちを見ている。
俺が睨んでいたからだろうか。

「……何?」

視線を外そうともしないで沈黙する彼にそう問いかけると、彼は唐突に電話口に向かって言った。

「あーごめん、こっちも恋人が構って欲しそうだから切るよ」

……うん?
首を捻る俺を放って、三好吉宗は宣言通りに電話を切った。
俺の聞き違いでなければ、恋人が構って欲しがってるって?
ここには俺以外に誰もいないから、電話を切る方便かな。

「方便にしても、もう少し上手い嘘を吐きなよ。
恋人がいる、なんて後々響くようなこと言わずにさ」
「はい?」

俺が優しく指摘してあげると、三好吉宗はポカンと首を傾げた。
言葉の意味が分からないほど頭が悪い、というわけではなさそうだ。

「いるじゃないですか、目の前に」

理解出来ないのはこっちだと聞き返した俺を指差し、三好吉宗は笑みを浮かべた。
俺はとりあえず、人を指差すのは失礼だよ、と注意した。
三好吉宗は大人しく従い、手を下ろす。
しかし笑みは浮かべたままだ。
ひとつ溜め息を吐いて、俺は口を開いた。

「……三好君って、随分悪趣味なんだね」
「自分が悪趣味な自覚あったんですか」

彼は俺のことを言ってるんだろう。
目の前にいると言ったし、俺を指差したことから考えても間違い無い。
問題は、俺が彼の恋人なんかになった覚えが無いってことだ。

「臨也さんって、僕のこと好きですよね」

何を言うかと思えば、三好吉宗の反論はそれだった。
確実に俺がそうだと答えると確信してるような口調だ。
もちろんそれは間違っていない。
三好吉宗は人間で、人間を愛する俺からすると、当然彼もその対象となる。
だから何だと俺が聞くと、三好吉宗はにっこり笑って答えた。

「じゃあ、恋人でいいじゃないですか。
僕も臨也さんが好きなので」

彼の言う「好き」がどういう意味合いかは知らない。
ただ、三好吉宗という人間がただの子供じゃないことを知っている俺からすると、きっと世間的なそれと違うのは想像に容易い。
それにしても、酷い屁理屈だ。

「冗談です」

俺が何か嫌味でも言ってやろうとしたところで、三好吉宗はきっぱり言いきった。
俺がそうしようとしたことを読んだのかもしれない。

「それは良かった。
君みたいな子供相手にうつつを抜かしてると思われたら商売にならないからね」
「そうじゃなくても、商売になってないみたいでしたけど」
「……ああ、さっきのこと?
君がうるさく喋ってるから集中出来なかったんだよ?」

そう、人んちで電話なんてしてるからだよ。
おかげで仕事が進まなかったじゃないか。
俺が咎めるように言うと、揚げ足を取るように三好吉宗がすぐに言い返してきた。

「仕事したいなら、最初から僕を上がらせなければいいじゃないですか」

……そういえばそうだ、と何故か俺は納得しそうになった。
確かに追い返せばよかったのに。
そもそも俺はなんで彼を上がらせたんだっけ?
もちろん、彼を観察するためだ。

「大方、僕を観察するためだとかじゃないですか。
僕を観察するために上げたなら、仕事したいだなんて嘘でしょう。
それなら電話してる僕を観察してればいいのに睨んでくるなんて、臨也さんは僕に構って欲しかったってことですよね」

結論に先回りされ、俺は珍しく言葉に詰まった。
三好吉宗は電話中とはまるで違う顔でにこにこと笑っている。

「そんなに寂しかったんですか。
それとも妬いたとか?
心配しなくていいですよ、僕も臨也さんに構いに来たので」

一方的に喋るなり、三好吉宗はこちらに近付いてくる。
俺の方へ伸ばされたのとは反対の手が、スマートフォンの電源を落とすのがちらりと見えた。



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