※時系列等はスルー



臨也さんに呼ばれて家にお邪魔すると、大きな恵方巻きが出てきた。
今日は節分だから一緒に食べようとのことらしい。
僕も食べるのは前に関西に転校した時以来だ。
なんとなく懐かしくなって、僕は素直にお礼を言った。
好きな味を選ぶように言われて、いくつかの恵方巻きのうち一本を手に取る。
今年の恵方は北北西だよ、と臨也さんが言った。
そう言われても方角なんて分からない。
もう一度聞いてみると、臨也さんが移動して「こっちがそうだよ」って教えてくれた。

「知ってるかもしれないけど、恵方を向いて無言で食べるようにね」

僕は改めて食べ方を確認し、頷いた。
恵方巻きを切ってしまうと縁が切れるから駄目だって聞いたことがある。
だから丸かぶりしないといけないらしい。
しかも無言で。
喋っちゃいけないって言われると、なんとなくむずむずする。
僕はちょっとした覚悟を決めて、恵方巻きにかぶり付いた。
北北西を見ながら食べないと。

「…………」

顔を上げると、北北西の方向にまだ臨也さんがいた。
もう方角は分かったから移動してくれたっていいのに。
何が困るって、臨也さんがじーっと僕を見てることだ。
思わず目をそらそうとすると「恵方を見て食べなきゃ駄目じゃないか」と咎められた。
仕方なく視線を戻しても臨也さんに動く気配は無く、おかげで見つめあう形になっている。
臨也さん曰く、僕が恵方をちゃんと向いて食べてるか見てくれてるらしい。
余計なお世話だ。

「ところでさあ、三好君。
この間の話なんだけど」

臨也さんは僕がこの状況に慣れてきたことに気付いたのか、今度は話しかけてきた。

「――ああ、ごめんごめん。
君は今喋れないんだったね」

どうやら僕に何か言わせようとしてるらしい。
思わず答えてしまいそうになる質問なんかを振ってくる。
しかしそうと分かれば答えてなんかやるもんか。
こっちも意地になって無言で黙々と恵方巻きを食べる。

「ふーん……」

僕の抵抗が効いたのか、臨也さんは不満そうに立ち上がり、僕の前からどいた。
勝った、と僕は内心ガッツポーズをする。

「…………」

しかし残念ながら、臨也さんはすぐに戻ってきた。
それも、手に何かを持って。
臨也さんは手に持ったものを操作し、また北北西に座って、僕の方に持っていたものを向けてきた。
DVDプレーヤーのようだ。
臨也さんがカチッと再生ボタンを押す。

「――……!」

僕は戦慄した。
DVDプレーヤーは漫才のライブを映している。
どうやら僕を笑わせる作戦に切り替えたらしい。
そこまでするか、普通。

「駄目だよ、ちゃんと北北西を見なきゃ」

別の方向を向こうとすると臨也さんに再び咎められた。
ふざけんなよ、とキレたくなってくる。
何が楽しくて臨也さんと見つめあいながら絶対に笑ってはいけない恵方巻きなんてしなきゃならないんだ。
何がなんでも笑うもんか。
僕は出来る限り漫才には耳を傾けず、頭の中に意識を向けた。
そしてなるたけどうでもいいことを集中して考える。
歌を最初から脳内再生してみたり、ゲームの攻略手順を思い出してみたり。
それをしながら、ただ機械的に恵方巻きを食べる。
もう縁起もなにもあったものじゃない。

「――ごちそうさまでした!」

なんとか耐えきり、僕は無言で完食した。
これは僕の完全勝利だろう。
臨也さんがDVDの再生を止める。
露骨に舌打ちが聞こえたけど、僕は無視した。

「良かったねぇ、三好君。
これで今年一年無事に過ごせるに違いない。
それも全部、君のために恵方巻きを用意してあげた俺のおかげだってことを忘れないようにね。
実は結構高かったんだけど、美味しかった?
味の感想を聞かせて欲しいな。
……まさか分からないなんて言わないよねえ?
他のことを考えるのに夢中だった、なんて」

臨也さんはいい笑顔を浮かべながら、一方的にまくし立てた。
当然僕は味なんて知らない、無言で食べることに集中してたんだから。
そうさせたのは誰だと言いたい。
僕が黙って完食したことがそんなに気に入らないんだろうか。
さっきから溜まっていた鬱憤がついに僕の限界を超えた。
よし、決めた。
さっきの仕返しをしよう。

「ちょっと黙ってて下さい」
「むぐっ!?」

皿の上に残っていた、僕が選ばなかった恵方巻き。
その一本を取って五月蝿い口にねじ込み、僕は颯爽と臨也さんちを後にした。



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