三好君が、何か細長い袋をくれた。

「はい」
「……何?」

緑色の袋にはお菓子のロゴマーク。
プリッツ、って書いてある。



→ポッキーゲーム



「今日って、ポッキーの日じゃないですか」

三好吉宗はそんなことを言いながら、自分のプリッツの袋を開けた。
今日は11月11日。
1が並んでるからってことらしい。
でも、君が持ってるのはプリッツじゃないか。
そう指摘すると、三好吉宗は困ったように眉尻を下げてみせた。

「そうなんですよ、これしか無くて」

ポッキーの日、ということでポッキーは実際に売れているらしい。
それだけメディアに踊らされる人間が多いってことかな。
どうやら目の前にいる彼もそんな人間の一人みたいだけど。
三好吉宗はプリッツを軽快な音をたててかじっている。
スマートフォンを汚すのが嫌なのか、器用に手を使わずに。
何かを見てるのか、スマートフォンを操作する指は淀みなく動いている。
……さて、俺はどうすればいいのかな。

「そういえば臨也さん。
ポッキーゲームってありますけど、プリッツゲームって無いですよね」

やることも無いのでそんな彼を観察していたら、三好吉宗は顔を上げるなり、唐突にそんなことを言ってきた。
俺にそれを聞いてどうするつもりなんだろう。
呆れると同時に興味も沸いたので、一応肯定してあげた。

「じゃあ考えてネットなんかで広めたら案外定着するかもしれないですよね、プリッツゲーム」

一体何を言い出すのかと思えば。
ますます呆れた俺を置いてきぼりに、三好吉宗は真剣にゲームのルールを考え始めた。
最近の子はどうしてこうも下らないことを考えるんだろう。

「あ、こういうのとか」

その言葉と共に、三好吉宗がぱっと明るい笑みを浮かべる。
三好吉宗は早速新しいプリッツを一本手に取り、そして――

「……ねえ三好君、これは何かな」

――俺の目の前に固定した。
俺は当然のように頭を退いた。
三好吉宗はまるで目潰しでもするようにプリッツをまた俺の目に近付けてくる。
一体どういうつもりだ。
いつもと少しも変わらない表情でにこにこ笑いながら、三好吉宗は俺の疑問に答えた。

「僕が臨也さんの目を突きにかかるので、それを臨也さんが瞼で止めるゲームっていうのはどうかなと」

目眩すらしそうなくらい、頭の悪い話だ。
そんなの不可能だってことは誰だって分かる。

「いいかい三好君、人間の瞼の挟力は10キロを切るんだよ。
いくら君みたいな子供の力でも俺の目が潰れるからね?」

俺が優しく説明してあげて、三好吉宗はやっと諦めたみたいだ。

「じゃあ臨也さんの耳にプリッツを突っ込んで、どこまで入るか試すゲームとか」

いや、諦めてなかった。
ここまで酷い会話をしたのは初めてかもしれない。
三好吉宗は何がなんでもプリッツで俺に危害を加えたいようだ。
その発想は面白いから買うけど。

「そもそも、ポッキーゲームっていうのは細長いお菓子ならなんでもいいんだよ?
プリッツでもじゃがりこでも芋けんぴでもね」

飽きてきたので、俺はさっさと会話をまとめた。
プリッツゲームなんて名称は無いけど、実質それはポッキーゲームと同じわけだ。
へーそうなんですか、と三好吉宗が間抜けな相槌を打つ。
これでこの話は終わりだ。
酷かったけど、まあまあ楽しめたかな。

「はい、臨也さんも食べて下さい」

三好君が差し出してきたプリッツをくわえる。
特に言うべきことも無い、普通の味だ。

「…………」
「…………」

しかし、普通じゃないことが起きた。
反対側を三好吉宗がぱくりとくわえたからだ。
ねえ三好君、これはどういうことかな、と目で問う。

「ポッキーもプリッツも一緒だって言ったの、臨也さんですよ」

三好吉宗はプリッツをくわえたまま、器用に喋った。
……馬鹿馬鹿しい。
こんなの、俺が口を離せば終わりじゃないか。
俺が眉をひそめる直前に、三好吉宗があのにこにこした顔のまま口を開く。

「口を離した方が負けってルールでしたっけ?
なら、試すまでもなく臨也さんの負けですよね」

……へえ?
俺が負けるって?
あまりにもその口調が馬鹿にしたものだったから、俺は乗ってあげることにした。

「やだなあ三好君。
それは君の方なんじゃない?
その言葉はそのまま返してあげるよ」
「とかなんとか言って逃げるんですよね。
無理しなくていいですよ。
僕、こんな下らないことでも臨也さんには負けたくないので」
「はあ?
俺が負けるわけないだろう?
君みたいな子供とキスのひとつやふたつ、俺にとっては犬に顔を舐められるのと変わらないんだからさ」

あとは売り言葉に買い言葉だ。
多分端から見れば随分間抜けな光景だっただろう。
でも残念なことに、俺にとっては負けられない闘いになっていた。

「プリッツ、一袋残ってますけど、逃げるなら今ですよ?」
「そういう三好君こそ、今のうちに『生意気言ってごめんなさい』って謝ったら許してあげるよ?」

俺も彼も、それはもう負けず嫌いだ。
酸欠になるくらいまで一歩も退く気は無い。
至近距離で笑う三好吉宗も同じ考えらしい。
……乗せられてる?
乗ってあげてるんだよ。
不敵に笑う二人の間で、まったく空気に似合わない軽快な音がした。



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