臨也さんが、何か細長い袋をくれた。

「はい」
「……はい?」

白い袋にはお菓子のロゴマーク。
ポッキー、って書いてある。



ポッキーゲーム→



「あげるよ」

臨也さんはそう言って、ポッキーの袋をちょっと振った。
池袋でばったり遭遇したと思ったら、いきなりお菓子を差し出してくるとは。
この人が何を考えてるのか分からないのはいつものことだけど、今回は特にそうだ。
しかもなんでポッキー……全然意味が分からない……。
臨也さんに袋を引っ込める気配は無い。
こうしてても時間が勿体ないので、とりあえず僕はお礼を言って袋を受け取った。
さっさともらうだけもらって家に帰ろうと思ったからだ。

「…………」

しかし、その手段はとっくに封じられていた。
袋が開いていたからだ。
しかも俗に言うパーティ開けで。
その上ポッキーは細くて折れやすいタイプで、外の箱無しで鞄に入れようものならボキボキになってしまいそうな代物だ。
その用意周到さに僕は閉口した。
臨也さんはニヤニヤ笑っている。

「うっかり開けちゃったんだよ。
悪いけど今食べてくれるかな」

はあ……と僕は曖昧に頷く。
どう考えても最初から僕に食べさせるつもりだったに違いない。
そうだとすれば何が目的だ?
普通のポッキーじゃなくて何か入ってるとか?
でもまさか、いくらなんでも公衆の面前で毒なんて盛らないだろう。
もしも僕がここでいきなり死んだりしたら、目撃者が大勢いる。
それに袋も素手で持ってるから指紋が出るだろう。
いや、もしかしたら自然死に見せかける薬物とか……。
この人なら用意しかねない。

「安心しなよ、何も入ってないからさ。
俺がもし君を殺す気ならこんな大通りじゃなく、もっと人の少ないところに誘導してるよ。
こんなところで堂々と毒殺なんて、捕まえて下さいって言ってるのと同じじゃないか」

ポッキーとにらめっこする僕を見て、臨也さんは肩を竦めてみせた。
確かにそうだ、と僕は今までの思考とあわせて肯定する。
僕は臨也さんの言葉じゃなく、臨也さんの行動原理を信用して、ポッキーを一本かじった。
商品の名前通りの音がする。
今のところは普通に美味しい。

「…………」

ただ、ひとつ気になることがある。
臨也さんが僕を妙にじーっと見てくることだ。
僕が食べるのを見ている。
もしも毒が入ってるなら僕が食べたかどうかの確認だろうけど、そうじゃないなら一体何だろう。

「あの……」
「俺のことは気にしないで食べてくれていいよ。
食べてる君を観察してるだけだから」

なんだか居心地が悪いけど、僕は言われた通りにまたポッキーをかじった。
軽快な音がなんだか空気にあってない。
臨也さんは相変わらず黙って見てるだけだ。
何を見てるんだ?
僕は警戒しながら、かじりかけのポッキーを口にくわえた。

「…………」
「…………」

僕はすぐに口にくわえたポッキーを再び手に持ち直した。
……気付いてしまった。
臨也さんが見ているのは僕の手だ。
僕がポッキーを持っている手だ。
その証拠に、僕がポッキーを口にくわえた時に一瞬表情が変わった。
間違いない、臨也さんは僕がポッキーを口にくわえるのを待っている。
……でも、どうして?
僕がポッキーを口にくわえて臨也さんに何の得がある?
ポッキーを口にくわえる時っていったら、えーと……。
…………。
……いや、まさか。
まさか、それは無い。
ある意味、毒殺より公衆の面前でやっちゃいけないことだ。
それは無い、さすがに臨也さんもそこまでアホじゃないだろう。
僕は浮かんだ恐ろしい仮説を全力で否定し、ちらりと臨也さんの様子をうかがった。
臨也さんはニヤニヤ笑っている。
それはもう楽しそうに。

「どうしたの、早く食べなよ?」

僕はその時、臨也さんはアホでは無いけど一周してそれに近い何か、いややっぱりアホだということを悟った。
そうだと分かれば話は早い。
僕は一切ポッキーから手を離さず、ハイスピードでポッキーを食べた。
ハムスターみたいな食べ方するんだね、と臨也さんに笑われた。
そうさせてるのは誰だと言いたい。

「ごちそうさまでした!」

僕は袋の中身を平らげた。
なんとか無事に全部食べきった……。
勝った、逃げ切った、と安堵の溜め息が漏れる。

「美味しかった?」
「はい」
「それは良かった。
でも三好君さあ」
「はい?」

答えると同時に手を引かれ、さっきまでの軽快な音とはまるで違う粘着質な音がした。
さっきまでの細いお菓子とはまるで違う何かが舌に触れた。
これはなんだ。
息苦しさと訳の分からない感覚で目が回る。
自由な方の手で力一杯肩を押し返すと、臨也さんはようやく僕を解放した。

「――うん、確かに美味しいね」

同じ目線にかがんだ臨也さんがぺろりと舌舐めずりした。
僕は思わず両手で口を押さえる。

「俺がそんな回りくどくて確実性に欠けるような手段を選ぶと思った?」

やられた。
ポッキーのくだりは僕を油断させるためだったのか。
固まって動けないでいる僕を見て、臨也さんはますますニヤついている。
今更僕は、ここが公道だということを思い出していた。
赤くなればいいのか、青くなればいいのか。

「何考えてるんですか」

情けない声で責めると、臨也さんは反省の色なんて皆無で鼻を鳴らした。

「何考えてるって、決まってるじゃない。
君のことだよ?」

ああ、この人、アホだった。
僕は色々と諦めて赤くなる方を選んだ。
……けれど、僕はもう一回青くなることになる。

「でもまあ、期待には応えてあげないとね」

臨也さんがそう言って取り出したのは、例のロゴの入った細長い白い袋だった。



Back Home