※原作の時系列はスルー



なんだか酷い夢を見た気がする。
だけど、現実はもっと酷かった。
ドンドンドンドンと何かを叩く音がひっきりなしに聞こえる。
玄関のほうだ。
覚醒してきた頭で考えるまでもなく、朝からいきなり扉を叩かれ、その音で目が覚めたってことらしい。
インターホンの存在は知らないんだろうか。

「おはようございます、久しぶりですね」

一向に帰る気配が無いので渋々扉を開けると、満面の笑みで少年が――三好吉宗が立っていた。

「やあおはよう。
毎日飽きないね。
学生ってそんなに暇なの?」

俺は素直な感想を口にした。
そう、彼は毎日毎日ここにやってくるのだ。
もっとも、最近は色々と新しい計画の準備をしていたから、邪魔をされないように追い返していたんだけど。

「久しぶりってわけでも無いだろう。
扉越しに声は毎日聞いてるんだから」
「でも、僕は臨也さんに会いたかったんですよ」

眩しい程の笑みで三好吉宗は言ってのける。
一体どういう目的があるんだろう。
意図を探ろうとしたところで、三好吉宗は何故か勝手に部屋に侵入しようとしてきた。

「おじゃましまーす」
「ねえ三好君、君はいつから人んちに上がり込むような子になったのかな?」
「挨拶なら今しました」

見られて困るようなものを目につくところに放置するほど間抜けではないけど、万が一ということもある。
今部屋に入れるのは避けたほうがいい。
そう考え、ずんずん歩こうとする三好吉宗のフードをとりあえず掴んだ。

「……あれ?」

ふぎゃっと叫ぶ彼のフードには、色はいつもと同じなのに三角形の出っ張りが二つ付いている。
よく見ると動物の耳の形だ。
尻尾らしきものも付いてる。

「今日は随分可愛い服なんだね」
「はい、ハロウィンなので」

ハロウィン?
俺は首を傾げた。
そもそも今日が何日だったかすぐに出てこなかったからだ。
寝起きのせいだけじゃなくて、ここ数日計画の下準備で仕事が忙しかったからか、日付の感覚が飛んでしまっている。

「ずっと閉じ籠もってるからですよ」

俺の考えを読んだみたいなタイミングで、三好吉宗は咎めるように言った。
どうしてそれを知ってるんだろう、と思ったけど答えは簡単だった。
毎日彼はこの扉を叩きにやって来てたんだから知ってて当然だ。
もしかすると、それは全て俺の在宅状況を確認するためだったのかもしれない。
空き巣みたいな手口だ。

「ハロウィンなので、お菓子を貰いに来ました」

耳の付いたフードを被りながら、三好吉宗は悪びれもせず宣言した。
白い猫……いや、犬かな?
そう聞くと「狼です」と返ってきた。
とにかくハロウィンの仮装のつもりらしい。
今までの行動の真意を隠すために言っているのか、それとも本気でお菓子をたかりに来たのか。
彼はいまいち考えが読めず、こういう時に判断しづらい。

「……いたずらしないで大人しく座っててくれるなら、入ってもいいよ」
「分かりました」

釘をしっかり刺して、三好吉宗を家に上げた。
もちろん、座るところまできっちり監視して。
確か仕事で貰った菓子折りがあったっけ。
あれなら出すのに十秒もかからない。

「あ、これ美味しそうですね。
これ下さい」

思えば、俺は彼を見くびりすぎていたのだろう。
俺が菓子折りを取るのに背を向けた数秒の間に、三好吉宗は箱をひとつ、手に取っていた。
ちょっと待て、と焦りの言葉が思わず出る。
それはそう簡単に見つからないはずの、今進めている計画についての書類が入っている箱だ。

「英語のパッケージですね、外国のお菓子ですか」
「よく見てごらんよ、どこにお菓子の要素があるのかな」

三好吉宗が手に取っている箱には、英語で文章が書かれている。
海外とやり取りするのに使ったから当たり前だ。
もちろん、絵なんてひとつも描かれてない。
それをどうすれば外国のお菓子なんて発想になるんだろうか。
もはや分かってて言ってるとしか思えない。

「デザインが気に入ったので、小物入れにします。
じゃあそういうことで」
「三好君、それは悪いけどちょっと渡せないなあ」
「いいじゃないですか、減るもんじゃないですよ」
「それは減るんだよ」

俺が捕まえようとしたところで、三好吉宗は走って外に出てしまった。
意外と瞬発力がある。
パーカーの尻尾がぱたぱた揺れて本物の犬みたいだ……なんて思ってる場合じゃない。
俺はすぐに三好吉宗を追いかけた。
所詮素人だ、追い付くのは難しくない。

「俺から逃げ切れると思った?」
「わっ!?」

思った通り、俺は簡単に三好吉宗を捕まえた。

「いきなり上がり込んだかと思ったら持ち主の目の前で堂々と窃盗とはね。
何を企んでる?
それとも、誰かに指示されたのかな?」

念のためナイフを突き付けながら、その意図を探る。
俺は彼の本質が白では無いことを知っていたし、彼は神出鬼没だ。
どこかで何かを掴んでたり、関わっていてもおかしくない。

「――あははは!」

返事の代わりに返ってきたのは、可笑しくてたまらないという風な笑い声だった。

「それはどういう意味かな」
「どっちもハズレですって意味ですよ」

こちらが声を低くしても、三好吉宗は怯むことさえしない。
ナイフを突き付けられているこの状況で、あっけらかんと口を開いてみせる。

「というか、別に理由なんて無かったんです。
あえて言うなら臨也さんと外に遊びに行きたかったというか」
「……分かるように説明してごらん?」
「臨也さんが引きこもっててつまらないから、外に引っ張り出そうとしたんですよ。
まさかこの箱がそんなに大事なものだとは思わなかったですけど。
はい、返します」

…………。
三好吉宗から件の箱を受け取り、俺は閉口した。
つまりなんだ?
ハロウィンの可愛いいたずらで、俺の考え過ぎだってこと?
俺が黙っていると、悪びれもせずに三好吉宗は笑った。

「毎日閉じ籠もって仕事してるから、うなされるような夢を見るんですよ。
たまには外出て息抜きしてほしくて」
「……わざわざ俺のことを気遣ってくれたってことかな」
「はい!」

そんな三好君の言葉に俺は頬を弛め……るわけが無い。
ここで弛める奴は間抜けか馬鹿だ。

「それはそれは、どうもありがとう。
でもどうして俺がうなされてた、なんてことを君が知ってるのかな?」
「あれ?」

俺の追及にぽかんと三好吉宗は首を傾げる。
それで誤魔化せると思っているんだろうか。

「気付いてて放置してるのかと思ってました」
「何を?」
「寝室に仕掛けた盗聴機」
「…………」
「知らなかったんですか?
てっきりそういう趣味なのかなあ、と」

いつの間に、とは言わないでおいた。
思い返せば仕掛けるタイミングは何度もあったからだ。
ここまでくると、ハロウィンの可愛いいたずらなんてレベルじゃないだろう。
箱の価値も知ってて選んだに違いない。

「本当に君はにこにこ笑ってる裏で何を企んでるか分からないね。
まあ、君はそこが面白いんだけど」
「人間なんてみんなそんなものです。
……でも、臨也さんを心配したのと、構ってくれなくて寂しかったのは本当ですよ?」
「どうだろうね」

彼の発言を真に受けるべきじゃないのはとっくに理解している。
何故なら三好吉宗は、間違いなく俺と同じタイプの人間だからだ。
どうせ彼の言葉は全て、俺の反応を見るためのものに過ぎない。
それにわざわざ一喜一憂してあげるほど、俺は暇じゃないからね。
でも向こうも同じだから、そこはお互い様だ。

「やりかけの将棋盤なんか放り出して、今日は僕と遊びに行きましょう」

やっぱり、色々知られてるみたいだ。
彼の情報収集能力は高い。
一体どこで調べるんだか。

「……そうだね。
今日は久しぶりに一日中君を観察してようかな」

俺がそう言って笑ってみせると、三好吉宗はそれはもう嬉しそうに笑った。
フードに付いた耳のせいかいつも以上に子犬みたいだ。

「普通観察するって言われて喜ぶ人間なんていないのにね。
君はやっぱり普通の人間とはズレてるらしい」
「だって僕も一日中臨也さんを観察していられますし。
でも何より、臨也さんが久しぶりに笑ったので。
臨也さんはやっぱり笑ってる方がいいです。
臨也さんは笑ってる方が泣かせたいというか、いたずらしたくなりますから」

三好吉宗は明るい爽やかな笑顔にはおおよそ似合わないことを言った。
一体どうすればこんな器用なことが出来るんだろう。

「でもさ、三好君。
君ハロウィンじゃなくてもいたずらしてくるよね」
「え、臨也さんも喜んでるならいたずらにならないと思います」

本当に口が減らない。
俺が思わず顔を歪めると、三好吉宗は少し可笑しそうに笑った。

「ほら、笑って下さい」

多分言い返しても、とっくに言い訳を用意してあるんだろう。
彼は巻き込まれるだけじゃなく、巻き込むことにも長けてるようだ。
まあ、それもいいだろう。
じっくり彼を一日中観察出来るなら。
そう思ってしまう俺は、とっくに巻き込まれてるらしい。
……でも、巻き込まれたからには楽しむべきだよねえ。
トリックしか存在しないハロウィンは、まだ始まったばかりなんだから。



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