※2014/8/24に出したコピー本と同じものです。
コミカライズ最終話のセリフネタですが、ヨシヨシの性格は比較的ゲーム寄りです。



 パソコン越しに三好の間抜けなあくび面を見て、臨也は思わず笑みをもらした。
 ここは臨也の事務所だというのに、当の臨也を完全に無視して三好は本を読んでいた。途中の本屋で買った推理小説だという。何故わざわざ自分のところに来て読んでいるのかは知らないが、きっと自宅よりも本屋から近かったからだろう、と臨也は推察した。三好は推理によほど頭を使ったのか、伸びをしながら大あくびをしていた。
「……なんですか?」
 モニターを挟んで臨也がニヤついていることに気付いたようだ。伸びをし終えた三好は、少し眉を寄せて身体を傾けた。パソコンに隠れている臨也の様子をうかがおうとしているらしい。
「別になんでもないよ。眠そうだなあって思っただけで」
 三好の少し鬱陶しげな視線などものともせず、臨也は素直な感想を述べた。三好の表情は変わらない。あるいは眉間の皺が深くなるかと思っていた臨也は、想像と違う反応をされたことに気をよくして、さらに追撃をかけてみることにした。
「もう遅い時間だし、泊まっていきなよ」
 今度こそ三好は顔を歪めるだろう。臨也は笑みを隠そうともしなかった。
「…………」
 三好は視線を斜め上に泳がせている。何かを考えているようだ。
 待つこと数秒、三好は臨也に視線を戻し、はっきりとした声で答えた。
「そうですね、そうします」
 自分で言っておいて、臨也は目を丸くした。てっきり三好は呆れ返った顔をすると思っていたためだ。
 しかしそんなことは微塵も悟らせずに、臨也は笑みを濃くしてみせる。
「それがいいと思うよ。じゃあ先にお風呂に入っておいで。着替えは用意しておいてあげるからさ」
「ええ、いただきます。ありがとうございます」
 三好は臨也にぺこりと頭を下げ、提案に従った。やけに素直すぎると思う。気持ち悪いくらいだ。何か企んでいるのだろうか。
 もし三好が何かを企んでいるとするなら――それは実に楽しみだ、と臨也は思った。何を考えているのか知らないが、三好なら何を考えていてもおかしくない。極端な話、さっき読んでいた推理小説のトリックで臨也に嫌がらせをしかけてくる可能性だってある。
 ――ああ、楽しみだなあ!
 臨也は鼻歌でも歌いだしたい心地で、早々にパソコンの電源を落とした。



◇◆



 寝室には既に三好が待っていた。勝手にベッドに座ってスマートフォンをいじっている。クッションがわりか、ペンギンのぬいぐるみを抱きしめながら。さらに言うなら着ているのは臨也の服だ。あざとい、という言葉がこれほどしっくりくるのも珍しい。
「あ、臨也さん」
 臨也に気付いた三好がパッと顔を上げる。
 臨也が口を開く前に三好は自分の隣をポンポン叩いた。座れということらしい。それは俺のベッドなんだけどと嫌味を言いたいところだが、三好が何を考えているのか興味があったので、臨也は従ってやることにした。
「ねえ臨也さん」
「なんだい?」
 風呂上がりのせいか、三好のまだ少し濡れている髪からいい香りがする。自分も同じものを使っているはずなのだが、不思議と違う甘い香りに感じる。
 三好は真っ直ぐに臨也を見ると、にっこりと満面の笑みで言った。
「僕、寝るので何もしてこないでくださいね」
 そういうことか、と臨也は瞬時に理解した。
 ようするに三好は臨也を試しているのだ。わざとらしい態度で期待を持たせておいて、乗ってきたら笑ってやろうと考えているらしい。ここまでのやけに素直な言動はすべて計算ずくというわけだ。
「人間を愛する臨也さんが、その人間を襲うなんて、そんなケダモノみたいなことしないですよね? 僕、臨也さんが大好きなので信じてますよ?」
 三好は白々しいほどのゆっくりした口調で臨也に念を押してくる。
 思わず口をへの字にした臨也に勝ち誇ったように笑って、三好はころんとベッドに寝転んだ。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ」
 臨也も渋い顔をしたまま、三好の隣に寝そべる。視線だけで三好の様子を盗み見るが、こちらに背を向けているので表情は見えない。きっとイタズラが成功した子供の顔をしてるに違いないのだが。
 もしも自分がそれに乗ってきたらどうするつもりだったのだろう、と臨也は気になった。三好は臨也を信じていると言ったが、もしも臨也がそれを裏切る行動を本当に取っていたら。三好はその時には臨也を思いっきり笑ってやろうと思っていたようだが、実際そうなったらきっと笑ってなどいられないだろう。
 その時の三好の反応を見てみたい気もしたが、年下の子供に主導権を握られるのはプライドが許さず、やめておくことにした。
「……っ!?」
 そのかわり臨也は何も言わずに、三好の背中を抱き寄せた。臨也が大人しくふて寝すると思っていたらしい三好はかなり驚いたようで、その背中がビクリと跳ねる。
「何もしてこないでください、って言いましたよね?」
 小馬鹿にするように三好が言うが、その声には隠しきれない動揺がにじんでいる。臨也はわざと抱き締める腕の力を少し強めて弾んだ声で答えた。
「別に俺は君をどうこうしようなんて思ってないよ。俺はペンギンを抱き締めてるだけだ。君が勝手にその間に入ってるんだろう?」
 そういえば、三好はペンギンのぬいぐるみを抱いたままだった。
 なんて屁理屈だ。三好は思わずムッとした表情を浮かべながら、それが伝わらぬよう、きわめて淡々とした声で背後の臨也に話しかける。
「じゃあ、ペンギンだけ渡すので離してもらえませんか」
「…………」
「ちょっと、寝たふりやめてください。今さっきまで普通に話してたし、全然隠せてないですよ」
「…………」
 そのまま三好の後頭部に顔をうずめると、三好が明らかに緊張したのが分かった。何を言われても離すつもりはないし、文句は言わせない。何故なら臨也はペンギンを抱き枕に使おうとしているだけなのだから。
「ああもう」
 ついに三好が焦りと苛立ちから舌打ちしたのを聞いて、臨也は喉の奥でくつくつ笑った。



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