『今日、地球が滅亡するらしいよ』

そんな情報とも呼べない情報で、臨也さんの電話は始まった。

「……それがどうかしたんですか、臨也さん」
『ノリが悪いなぁ。
もう少し驚いて欲しかったのに』

そんなこと、ネットではとっくに話題になってる話だ。
しかも古代文明がどうとか、信じる方がおかしい。

「わーそうなんですか驚いた」
『取って付けたようなリアクションをどうもありがとう』

僕が棒読みで思いっきり驚いてあげると、電話の向こうで臨也さんが苦笑を浮かべたのが分かる。
いえいえ感謝される程のことじゃないですよ、と僕は皮肉で返した。
しかし、わざわざそんなことを言うために電話してきたのだろうか。
それとも、他の用があってそれの前置きか何かなのだろうか。

「で、用はそれだけですか?」
『それだけだよ?』

……わざわざ言うためだけだった。
僕は思わず溜め息を吐く。

「じゃあ僕電話する用事が出来たので、それだけなら切りますね」
『へえ、それはそれは重要な用事なんだろうね?』

用が無いくせに何故会話を続ける必要があるんだろう。
一方的に切ってやろうかとも思ったけど、多分そっちの方が面倒なことになりそうだ。

「ほら、臨也さんが言ったんじゃないですか。
今日地球が滅亡するんでしょう?
だから友達に電話しようかと思って」
『地球が滅亡しそうだから逃げろ、って?』

返ってきた臨也さんの声は茶化すような、馬鹿にするような、そんな調子だった。
ちなみにフランスに逃げたら助かるだとかなんとか、ってネットで見たっけ。
そんな迷信が理由で今からフランスに高飛びなんて馬鹿馬鹿しすぎる。

「地球が滅亡するのに最期に電話したのが臨也さんだなんて、残念な人生にも程があるなと思って」
『酷いなあ、最期が俺じゃ不満かい?』
「はい」

僕がきっぱり正直に答えたせいか、臨也さんが黙った。
もし地球が滅亡するなら、帝人とか正臣とかと電話してる時の方がいいかな。
最期まで楽しく喋っていられそうだ。
まあ、そんなことが起こるとは思えないけど。

『――俺はさぁ』
「はい?」

隕石が落ちて来ないかと空を見上げていたら、突然臨也さんが会話を再開した。

『まさに今、君と喋ってる時に隕石なんかが落ちて来ないかなって思ってるんだけどね』
「僕は死んでも嫌です」

どうせいつもの皮肉だ。
だから僕もいつも通りに返す。
思った通り、間髪を容れずに臨也さんの笑い声が聞こえてきた。

『死んでも嫌、ねえ。
そこまで言われるとは思って無かったよ』
「もう切っていいですか」
『はいはい、またね』

臨也さんの返事が終わるかどうかくらいで、僕はさっさと電話を切った。
……念のためフォローしておくと、死んでも嫌って程じゃないかな。
嫌だってことには変わり無いけど。
さてと、誰かに電話しようかな。
別に滅亡云々を信じるわけじゃないけど、誰かと話したい気分だ。
あの人と話すと色々調子が狂うから、その荒んだ調子を戻すために。
早速スマホの画面を指でなぞる。
帝人なんかはこういう話もネットも好きそうだし、何か面白いネタとか聞けるかな……。

「――うわっ!?」

突然後ろから腕を引かれ、僕はバランスを崩した。
そのまま倒れるかと思いきや、後頭部を何かにぶつけて止まる。

「やあ」
「……臨也、さん」

頭を反らして見上げると、そこにいたのはさっきまで電話していた臨也さんだった。
時間から考えると、どうやらさっきの電話も池袋でかけてたらしい。
よく静雄さんに見つからなかったなあ。

「何か用ですか」
「ほら、またねって言っただろう。
さっきの続きだよ」
「何の真似ですか」
「だってこうしないと君、逃げるだろう?」

臨也さんは後ろから僕に手を回し、力を込めてきた。
確かに言う通りだけど、自業自得だとは思わないんだろうか。

「もしも今、地球が滅んじゃったらさ。
君が最期に見たのも聞いたのも触ったのも全部俺ってことになるね」
「そうなったら、自分の不幸な運命を呪います。
でもそうすると臨也さんこそ最期が僕ばっかりになりますよ」

臨也さんは可笑しそうに笑った。
わざわざ僕をからかうために来たんだろうか。
ムッとしていると、臨也さんはまるで機嫌を取るような声で言った。

「俺はそれでもいいけどね。
むしろ大歓迎したっていい。
今この瞬間に隕石が落ちて来ますように、ってお祈りしてもいいくらいさ」
「隕石より先に自販機が落ちて来ますよ、きっと」

しかしそれを突っぱねるように、僕は事実を述べた。
そしてそれは近いうちに現実になりそうな気もする。
そうなる前に離して欲しい。

「うーん、シズちゃんに殺されるってところがすこぶる不満だけど、君が俺と一緒に死んでくれるんだったらそれはそれで面白い気もするなあ。
三好君はどう思う?」
「死んでも嫌です。
あとそろそろ離して下さい」

僕はさっきと同じ答えをもう一度使った。
だって臨也さんと一緒に死ぬなんて、そんなの嬉しいわけが無い。

「死んでも嫌、ねえ。
……意外と強情だねえ、君も」

臨也さんはくつくつ笑っている。
笑いながら、前に回していた手を滑らせ、僕の両頬に添える。
そのままぐいっと力を込められ、仕方なく僕はさっき会った時みたいに頭を反らして後ろを見る。
逆さまの視界で、嬉しそうに笑う臨也さんと目が合った。

「本当に俺と死ぬのは嫌?」
「絶対嫌です」
「そう。
じゃあ『臨也さんと生きたいです』って正直に言えたら離してあげるよ」



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