クリスマスに、嬉しくもないプレゼントが届いた。

「やぁ」

帰宅した僕を部屋で待っていたのは、日本で――池袋で別れた『先輩』……に一応当たる人だった。
なんでこの人がここにいるんだろう。
仕事はどうしたんだろう。
……色々突っ込みどころはあるけど、まずこう言いたい。

「臨也さん、なんでスーツケースに詰まってるんですか!?」

僕が全力で叫ぶと、臨也さんは困ったように肩をすくめようとした。
だけど出来なかった。
そんなの出来ないに決まってる、スーツケースから頭と腕だけを出した状態では。



聖夜、先輩がスーツケースに詰まる



「いやあ、最初は君をびっくりさせようと思ってたんだけどさ。
まさか俺の方がびっくりするとは思わなかったよ」

どうやら臨也さんは僕を驚かせようと、スーツケースの中に入って遥々やって来たらしい。
確かにスーツケースには宅急便の送り状が貼ってあるし、受取人は僕になってる。
それを見た両親も僕への荷物だと思って、僕の部屋に運んでしまったみたいだ。
……中に人が入ってるとも知らずに。

「そこまでは分からないけど分かりました。
……で、どうしてそうなったんですか?」
「そうそう、そこなんだよねぇ」

僕の言葉に臨也さんは両手で頬杖をついて笑った。
でも腕から後ろはスーツケースに詰まってるから、かなりシュールだ。

「自分で開けるにはチャック式のスーツケースの方がいいからそうしたんだけど、それが失敗だったみたいでね。
服にチャックが噛んじゃって動けなくなってさ。
俺としたことが、そこは盲点だったなあ」

臨也さんは遠い目で言った。
自業自得じゃないのか。
僕を驚かせるために不法侵入しようなんて考えるからだ。

「でも実際に三好君は驚いてくれたみたいだし、目的を達成出来たことに変わりはないよね」

そんなこと得意げに言われても。
ていうかどうしよう、これ。
日本に送り返すにも、スーツケースに詰め直さないと出来ないし……。

「もう一回中に戻れないんですか?」
「それが困ったことに、前にも後ろにも進めないんだよねぇ」

一応僕は臨也さんを助けてあげることにした。
このまま部屋に居座られても困る。
他人事みたいに臨也さんはヘラヘラしてるけど、早いところ帰って欲しい。

「えい」
「痛っ、ちょっ、痛いよ三好君」

とりあえず僕は出てる腕を掴んで引っ張ってみた。
やっぱり抜けない。
どこがどうなってそんなにガッチリ詰まってるんだろう。
臨也さんが痛いとかやめろとかぶつくさ文句を言ってる。
僕は真剣に助けようとしてあげてるのに。

「ていうか臨也さん、入る時に気付かなかったんですか」

僕は回り込んで、チャックの噛んでいる部分を確認した。
服を挟んでそのまま締めて、チャックが下りなくなったみたいだ。
ってことは締めた時に気付いてもいいと思うけど。

「しょうがないよ、見えなかったんだから」
「足から入るからですよ」
「じゃあ逆に聞くけど、その場合俺は下半身から出ることになるよ。
それでもいいと思う?」

僕は臨也さんがスーツケースから下半身だけ出してるのを想像してみた。
……うわぁ、バットで殴りたい。

「……納得しました」
「だろう?」

臨也さんは僕を言い負かして上機嫌なのか、ドヤ顔をしてみせた。
いや、そんな顔したってスーツケースの地縛霊なことに変わりはないですよ。

「えいっ」
「いたたたた。
ちょっと待とうか三好君」

ムカついたので、今度は臨也さんの首を掴んで引っ張ってみた。
臨也さんの手が僕を引き剥がそうともがいている。

「そんなことしたら俺の首がスーツケースより先に身体からすっぽ抜けるよ?」
「都市伝説になれるじゃないですか良かったですね」
「いたたた、三好君、俺の話は聞いてる?」

無視して引っ張ってみるけど、やっぱり抜けない。
……もうこうなったら、最後の手段だ。
僕は立ち上がり、机を漁った。

「……あった!」
「何かいい秘密道具でも出してくれるのかな?」

目当てのものはすぐに見つかった。

「もう仕方ないから、これで挟まった部分を切りましょう」

僕が持ってるのはカッターだ。
これでチャックと中の服をを切って臨也さんを引っ張りだそう。
臨也さんを日本に送り返せないのは残念だけど、背に腹は替えられない。

「あーあ、このスーツケースも服も高かったんだけどな」
「詰まった臨也さんが悪いんです」

また臨也さんが文句を言ってきたけど、僕は無視してチャックの部分をカッターで切る。
幸いただの布なので、すぐに穴が空いた。
さて、あとは手を突っ込んで服を切ればいいんだけど……なんか嫌だなぁ。

「ほら、早くしてよ」

臨也さんが何故か上から目線でうるさいし、さっさと追い出そう。
僕はチャックの上に空いた穴に手を突っ込んだ。
手探りでチャックの辺りを探ると、確かにおもいっきり布が挟まっている。

「ねえまだ?」
「無茶言わないで下さい」
「三好君、さっきからどこ触ってるのさ」
「誰のせいでこうなってると思ってるんですか」

臨也さんが文句ばかり言うのが腹が立つ。
ついでに高いと言っただけのことはあり、服の布はなかなか丈夫で切れない。
一度カッターの歯を交換しようと、僕が手を抜こうとした時だった。

「……!?」

ぬ、抜けない……だと……。
血の気がさっと引くのが自分でも分かる。
臨也さんからはよく見えないらしく、ハテナマークを浮かべている。
なんとかしようと僕はもう片手でスーツケースを押さえ、引っ張ってみた。
しかし抜けない。
引っ張ったら痛い。
さっきはそうとも知らずに引っ張ってすみませんでしたって臨也さんに謝りたくなるくらい痛い。

「…………」
「…………」

臨也さんも異常を察したのかぴたりと黙った。
あの臨也さんが、だ。
痛い沈黙に冷や汗が出る。
僕はすがるように、ポケットの中のスマートフォンを取り出した。

「……ねえ三好君」
「……なんですか」
「シンガポールって確か、医療設備整ってたよね」

臨也さんがえらく真剣な顔で言う。
覚悟を決めたのだろう、恥を忍んで第三者に頼む覚悟。

「本気ですか」
「ほら、こういう言葉もあるじゃないか。
旅の恥はかき捨て、って」
「臨也さんはそうかもしれないですけど、僕はどうするんですか」
「じゃあ考えなよ。
それ以外でなんとかする方法をさ」

臨也さんの言葉は正しい。
誰かに頼る以外、どうしようもない。
僕は自分の無力さを痛感しながら、スマートフォンで電話をかけた。
……サンタさんへ、クリスマスプレゼントには『なんてスタイリッシュなプレイ!』って言わないレスキュー隊を下さい。



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