「やあ三好君」
「臨也さん」

池袋で珍しく走ってない臨也さんに遭遇した。
珍しくっていうのは、いつも僕が見かける頃には静雄さんに追いかけられてるからだ。

「どうしたの、こんなところに一人で。
学校のお友達は一緒じゃないのかな?」
「人を待ってるんです」

僕が答えると、臨也さんが興味深そうに相槌を打った。
ついでに何か物珍しいものでも見るような目をしている。
僕は何か変なことを言っただろうか。
思わず首を傾げると、臨也さんは何故かくつくつ笑いだした。

「ごめんごめん。
やけに素直に答えてくれるから拍子抜けしちゃってね。
でもそうやって質問にちゃんと答えるのは感心だなぁ。
子供は素直なのが一番だよ」
「わっ」

何が可笑しいのか分からないけど、臨也さんは勝手に上機嫌になって僕の頭を撫でてきた。
褒めてくれてるのには変わりないから、どういう反応をすればいいのか分からない。
困惑してると、臨也さんのすぐ横に何かがすごい勢いで飛んできた。
速すぎて見えなかったけど、道路に壊れた自販機が転がってるのが見える。
どうやらこれが飛んできたらしい。
ってことは……。

「いいいざああああやあああああ!!」
「あーあ、せっかくいいところだったのに。
じゃあまたね、三好君!」

予想通り、現れたのは静雄さんだった。
臨也さんもさすが慣れてるだけあって見事な逃げ方だ。
僕の頭を撫でてたはずなのに、気が付くと随分遠くにいる。
あれは追い付けないと察したのか、静雄さんは抱えてた自販機を下ろして悔しそうに舌打ちをした。

「くそ……あの野郎……次は殺す!」
「あのー……静雄さん?」

はたして今の静雄さんに声をかけていいのか迷ったけど、勇気を出して話しかけてみる。
僕が待ってた相手が、静雄さんだからだ。

「……おう、三好。
随分早いな」

まだピリピリしてるけど、静雄さんはちゃんとこっちを向いてくれた。
臨也さんを追いかけてどこかへ行くんじゃないかと思ってた僕は内心ほっとする。
こういう時はいつも通りに接するのが一番だろう。
僕は気にしてない素振りで、静雄さんに話を振った。

「久しぶりのデートだから、待ちきれなくて早く着いたんです。
今日はどこ行くんですか?」

僕と静雄さんは付き合ってる。
恋人同士ってやつだ。
今日は僕のテストが終わって、久しぶりのデート。
こんなところで話してる時間が惜しくて、僕は少し早口になる。

「三好」
「はい?」
「悪ぃ、ちょっと来てくれ」
「はい?」

静雄さんは少し頭をかいてから、僕の腕を掴んで引っ張った。
雰囲気が悪いままだし、掴まれた腕が若干痛い。
静雄さんはまだ苛立ってるようだ。
静雄さんがイライラしてるところに遭遇したら、普通の人なら怖がって逃げ出すかもしれない。
けど僕は静雄さんの力に驚いても怖いと思ったことはないし、なにより静雄さんのことが大好きだから大人しく付いていく。
どうせなら手を握ってくれればいいのに、なんてことを考えるくらいの余裕もあった。

「静雄さん、どうかしたんですか?」

静雄さんはぐいぐい僕を引っ張って、人気の無い路地裏に連れてった。
さすがに僕も疑問がわいてくる。
静雄さんは怒ったままだし、なんか変だ。

「静雄さ、」

左耳のすぐ横で、何かが砕けるみたいな音がした。
目だけを動かしてそっちを見ると、静雄さんの右手が壁に穴を空けている。
今まで一度も無かった状況に、さっきまでの余裕も消え失せて頭が真っ白になってしまった。
なんとか分かったのは、静雄さんがどうやら僕に怒っているらしいことだけ。
僕は何か失礼なことをしてしまったんだろうか。

「三好」
「は、はい」

静雄さんの声は低くて、怒りを押し殺しているようだ。
もしかしたら、今すぐにでも僕を殴りたいのを我慢してるのかもしれない。
そう思った瞬間、鼻の奥が痛くなって涙が出そうになった。
殴られるのが怖いからじゃない、悲しいんだ。
どうして静雄さんが怒ってるのか、どうして僕は大好きな静雄さんを怒らせてしまったのか、それが分からないのが悲しくて辛くて泣きそうだ。
でも、ここで泣いたらもっと静雄さんを苛立たせてしまうだろう。
僕は鼻をすすって、なんとか涙を堪えた。

「……お前、あいつと仲良いのか?」

そんな僕を見かねたのか、静雄さんは顔を背けてぶっきらぼうに言った。
あいつ……って誰のことだろう。
少し考えて、さっきの出来事が頭に浮かんだ。
もしかして臨也さんのことを言ってるんだろうか。

「お前を怖がらせて……こんな脅迫みたいなやり方で、最低だと思ってる。
軽蔑してくれたって構わねぇ。
それでも言わせてくれ。
あいつと仲良くすんのはやめろ、二度と触らせんな」

静雄さんは拳を震わせながら、今度は僕の目を真っ直ぐに見て言った。
やっぱり臨也さんのことらしい。
静雄さんは、僕が臨也さんに頭を撫でられたことを怒ってる……?

「本当は、誰にも触らせんなって言いてえ。
お前に触っていいのは俺だけだ、って。
……けどよ、お前が誰と仲良くしようとそれはお前の自由だ。
俺が口出していいことじゃねぇ」
「静雄さん……」

そう言って静雄さんは俯いてしまった。
もしかして、静雄さんは嫉妬してくれてるんだろうか。
だからさっきもあんなに怒ってたんだろうか。

「……悪かったな、怖がらせちまって」

僕が何か言う前に、静雄さんが背を向けて歩き出そうとする。
絶対、このまま行かせちゃ駄目だ。
反射的に僕は静雄さんの服を掴んだ。

「怖がってなんかないです。
静雄さんが僕のこと、好きだから言ってくれてるのが分かって嬉しいです」

振り向いた静雄さんは困ったような顔をしていた。
もう怒ってない、いつもの静雄さんだ。
それが分かって気が抜けたのか、ぼろぼろ涙が出てきた。

「静雄さん、帰らないで下さい。
今日は一緒にどこか行くって約束したのに破るんですか」

泣きながら我が儘を言う僕の手を、静雄さんが握ってくれた。
そしてもう片方の手で涙を拭ってくれる。

「悪かった、三好。
あー、えーと、なんだ。
ケーキとか食いに行くか?
パフェでもなんでも奢ってやるから」

僕があんまり泣くから、静雄さんは慌ててるようだ。
まるで小さい子でも相手にするみたいにそんなことを言い出した。
僕はその提案に思わず少し笑ってしまう。

「静雄さん」
「何だ?」
「そういうところ、好きです」
「……お、おぉ、ありがとな」

僕がようやく泣き止んだからだろう。
少し戸惑いながらも、静雄さんは安心したような顔で笑ってくれた。



「やあ三好君」
「臨也さん」

後日、また臨也さんに出会った。
僕が気付いてないだけで結構頻繁に来てるのかもしれない。

「偶然だねぇ、今日も待ち合わせ?
実は俺も人を待ってるんだよね。
仕事で会わなきゃいけない人がいて――」
「あ、臨也さん止まって下さい」

およそ3メートルくらいの位置に臨也さんが近付いてきたあたりで、僕は掌を前にかざした。

「それ以上近付いたら駄目なんです」
「へえ、どうして?
君の周りに地雷でも埋まってるのかな?」
「ある意味埋まってるんです」

これは僕が静雄さんとした約束。
申し訳ないけど、臨也さんは半径3メートル以上近寄らせないって決めたんだ。
僕はそれを説明しようとしたけど、臨也さんは「いいからいいから」と聞いてくれない。
何もよくない。

「せっかくだから踏んでみようかな。
その地雷ってやつをさ」
「あの……」

臨也さんは勝手に僕の方に近付いてきた。
手を伸ばせば触れられるくらいの距離だ。

「なんだ、つまらない。
何も起きないじゃないか」

臨也さんはそう言って鼻を鳴らしたけど、僕は冷や汗が出てきた。
だって、もうすぐ静雄さんと約束した時間だ。
僕は出来るだけ臨也さんから離れようとするけど、また勝手に近付いてくる。

「酷いなぁ、なんで逃げるの?」

それどころか僕に触れようと手を伸ばしてきた。
思わず僕はぎゅっと目をつむる。
指が触れるか触れないかの気配を感じたけど、すぐに消えた。
入れ替わるように何かがぶつかるような音が聞こえる。
驚いて目を開けると、どこからか飛んできたコンビニのゴミ箱に激突して、臨也さんが半径3メートル地点まで綺麗に吹っ飛ぶのが目に入った。



Back Home