静雄さんの触れ方は、はっきり言って不快だ。
勘違いしないでほしいのは、触られるのが不快だと言ってるんじゃないってこと。
ベタベタされるのは除いて、多少触られるのは平気だ。
問題は、静雄さんの僕への触れ方。
静雄さんはそれはもう慎重に、そーっと、じれったいくらい優しく僕に触れる。
硝子細工を扱うような――と言えば、ちょっと文学的で綺麗なイメージになるけどそんなレベルじゃない。
戦艦のプラモデルの部品をピンセットで掴んで組み立ててるような、トランプタワーでも作ってるような――くらいのレベルだ。
この間なんて、僕の頭に付いてた葉っぱを取るだけでやけに挙動不審だったし……。

『へえ、静雄が……』
「っあはははは!」
「笑い事じゃないんですよ」

ということで静雄さんをよく知る新羅先生とセルティさんに相談してみた。
しかし二人(特に新羅先生)は僕の真剣な相談にもなんだか生暖かい目を向けてくる。

「……いやー、ごめんごめん」
『新羅、笑いすぎだぞ』
「だってほら、静雄が三好君の前で右往左往してるところなんて想像したら……ぷぷっ」

セルティさんが肩を叩いても、新羅先生の笑いは止まる気配が無い。
何がおかしいのか、新羅先生はさっきから僕の話を聞いて笑いっぱなしだ。

『三好君、とりあえず新羅は置いといて私の意見を言っていいかな?』
「ちょっ、酷いよセルティ!
俺より三好君と静雄が大事なんだね!」
『お前がいつまでも笑い転げてて話が進まないからだろ』

そんな新羅先生を尻目に、セルティさんは真摯に相談に乗ってくれる。
さすがセルティさん、池袋の数少ない常識人だ。
お願いします、と早速頼む。

『そもそも静雄って、あんまり人に好意を持たれたり、優しくされたりすることに慣れてないんだ。
だから自分から好意を示すときに、基準になる物差しが無いからどうしていいか分からないんだと思う』

セルティさんはそんな文章をPDAに入力した。
なるほど、と僕は頷く。
そういえば確かに静雄さんは昔から喧嘩ばかりしてたって言ってたような……。
だからってあそこまで挙動不審になるんだろうか。

『しかも静雄にはあれだけの力がある。
万が一三好君に対してその力を振るってしまったら……って思ってるのかも』

そんな僕の疑問にも、あっさりセルティさんが答えてくれる。
もしかしたら静雄さんと同じようにセルティさんも悩んだことがあるのかもしれない、と思った。

「でもそれは静雄の一方的な都合であって、三好君には関係無いよね」

納得しかけたところで、新羅先生が口を挟んできた。
ふむ、と笑いの止まった新羅先生は首を傾げている。
静雄さんの友達とは思えない辛辣な言葉だ。
客観的っていうのかもしれないけど。

「例えばさ、僕はセルティが好きで好きで堪らないわけだけど。
セルティがもし『私がデュラハンだから、首が無いから』って言い出したとしても、それはセルティ側の都合であって俺には関係無い。
だって俺はそんな部分も含めてセルティって存在をまるごと愛してるんだから!」

シリアスな話かと思いきや、結局ノロケになった……。
セルティさんもなんだかもじもじしているところを見ると満更でもなさそうだ。
……僕、どう見てもお邪魔だけど何しに来たんだっけ?

「――というわけで、静雄にそのあたりを分からせればいいんだね」

あ、最初の話題に戻ってきた。
僕はこくりと頷く。
でもそれが難しいから相談してるんだけどなあ……。
僕が複雑な顔をしてると、突然新羅先生がどこかに電話をかけ始めた。
なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

「あー、もしもし静雄?
今うちに三好君がいるんだけどさ」

……気のせいじゃなかった。
どうやら新羅先生は静雄さんを直接呼び出すつもりらしい。
でも呼んでどうする気なんだろう。
分かってくれるまで説明する、とか?

「……うん、うちにいるっていうのは言い方が悪い、いや良すぎるね。
正確には三好君を拉致監禁してる」

えっ。

「もう一回言うよ。
『助けて静雄さん』って泣き叫ぶ三好君を拉致して監禁してるから」

思わずセルティさんを見ると、セルティさんも「えっ」て顔を……いや、態度をしている。
ぽかんとしている僕達を置いてきぼりにして、新羅先生は淡々とした口調で言った。

「三好君を愛してるなら、そうだな……五分くらいで助けに来ること。
それを過ぎたら大変なことになるかもね、じゃっ」

一方的に言って、新羅先生は電話を切った。
僕とセルティさんもやっと理解し始める。
どうやら新羅先生は僕を誘拐したと狂言を使って、静雄さんに「分からせる」つもりらしい。
……でもそれって、新羅先生の命が危ないような。

「さて、僕は逃げるから二人でなんとか落ち着かせてね!」

と思ったら既に新羅先生は逃げる準備を始めていた。
僕とセルティさんはとりあえずそうした方がいいと同意する。
確かに静雄さんの見境が無くなっていたら新羅先生でも危ないだろう。
見境が無くなるほど怒ってくれたら、それはそれで僕は嬉しいけど……。

「じゃああとはよろし――」
「三好ぃいいいっ!」

新羅先生が玄関のドアを開けようとした瞬間、ドアが吹っ飛んだ。
新羅先生はいい笑顔のまま固まっている。

「手前……三好……三好はどこだ……」
「ひぃいっ!?」

一瞬何かと思ったが、間違いなくあれは静雄さんだ。
普段怒っている時を遥かに凌駕するくらい、オーラみたいなものが出てる。
呆然としている僕より、セルティさんは幾分か冷静だった。

『三好君、早く静雄のところへ!』

PDAに入力しながら、セルティさんがどんっと僕を静雄さんの方へ押した。
すぐに気付いた静雄さんが僕の方へ走ってくる。

「三好っ!
大丈夫か、酷ぇこととかされてないか!?」
「は、はい!?
なんのことですか!?」
「何って、新羅に拉致られたって!」

静雄さんの剣幕に圧されて思わず嘘をつくのを忘れてしまった。
そういえば僕は拉致されたって設定だったっけ。
でもそれだと協力してくれた二人に迷惑が……。

「そ、それ多分臨也さんの仕業です!」
「何っ!?」

僕はとりあえず、臨也さんに罪をなすり付けた。
以前あの人のせいで色々あったから、仕返しってことにしとこう。

「臨也さんがなんか他人の声で喋れる変声機?か何か手に入れたそうなので、それで新羅先生の声を真似したみたいです!
僕が今日は新羅先生のところに遊びに行くってあの人に言ったので!」
「……ってことは何だ?
あのノミ蟲野郎が、新羅の声真似で、電話して、俺を、担ぎやがった、ってことかぁ……?」

僕は口から出任せで静雄さんを説得した。
新羅先生も自分の命は惜しいのか、首をぶんぶん縦に振った。
静雄さんは怒りのせいか震えている。
これってもしかしなくてもやばいんじゃ、と僕が思ったのと同時だった。

「……そうか、良かった」
「へっ!?」

突然静雄さんに抱き締められたのは。
もちろんいつものようなじれったい力加減で。

「お前になんにも無くてよ……。
もしお前に何かあったら、俺は多分……生きていけねぇ」
「え、あの、静雄さん」

そんなことを真剣な声で言われ、どう返せばいいか分からず僕は当然狼狽えた。
何より新羅先生もセルティさんもいるのが超恥ずかしい。
今僕の顔は間違いなく真っ赤だろう。

「――っ!」

どうしたらいいか分からずそのまま手を空中に泳がせていると、突然静雄さんが僕から離れた。
その顔はなんだか心配そうに歪んでいる。

「わ、悪い。
怪我とか……ねぇか?」

怪我?
僕は別に誘拐されてないって今説明したばっかりなのに、なんで怪我の心配されるんだろう。
……そこで考えて気付いた。
静雄さんは多分「自分が抱き締めて怪我しなかったか」って聞いてるんだ。
やっぱりさっきのセルティさんの推察は正解だったらしい。

「静雄さん、今のもう一回お願いします」
「……怪我してねぇかって」
「そうじゃなくて」

一体僕のことをなんだと思ってるんだろう。
僕はムキになって、両手を広げた。

「もう一回、さっきみたいに抱き締めて下さい」
「なっ……でもよ、」
「僕、そこまでひ弱じゃないです」

僕が憤然として宣言すると、最初は困ってた静雄さんも諦めたらしい。
さっきより更に弱い力で抱き締めてきた。
それがまたムカつく。

「静雄さんは僕を豆腐か何かだと思ってるんですか?
抱き締めても折れませんから、ぎゅってして下さい」

僕が力を込めて静雄さんの背中に手を回すと、少しは伝わったらしい。
静雄さんもちょっとだけ力を強めた。

「……大丈夫か?」
「大丈夫っていうか、子供でも全然平気なくらいです。
苦しかったら言いますから」
「そ、そうか……」

静雄さんは加減が分からないとかなんとかぶつぶつ言ってる。
それがなんだか可愛くて僕は思わず笑った。
静雄さんも照れくさそうにはにかんだ笑顔を浮かべている。

「……うん、終わりよければ全て良し、なんだけどね。
ここは僕とセルティの愛の巣だからよそでやってね?」
「あ」

そういえば新羅先生とセルティさんもいたんだ。
っていうかここは二人の家だった。
現実に戻ってきた僕は、恥ずかしさで訳の分からないことを叫びながら、静雄さんを引っ張って扉の無くなった玄関へ走った。



後日、やっぱりというか、臨也さんから電話がかかってきた。

『ねえ三好君。
身に覚えの無い理由でシズちゃんに追いかけられたんだけど、何か知らない?』
「知りません」

だけど僕は一言そう答えて電話を切った。



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