真っ暗な空間で目が覚めた。
狭い狭い空間だった。
手探りでスマホを探して、なんとか画面に触れる。
周りがほんのり明るくなった。
時間は――……あれから五時間くらいか。
結構寝てたな。
まだ薬が抜けきってないらしくて、頭がクラクラする。
まあ命に別状がないならいいか、なんて考えてるあたり僕も色々常識がズレてしまってるみたいだ。
倒れる時の感じからして、前に盛られたのと同じやつだったみたいだし、そのうち頭痛も治まるだろう。
……さて、どうしようかな。
出るに出られないな。
手持ちぶさたでスマホを弄ってたら、データの一部が消えてることに気付いた。
アドレス帳とか、履歴とか、やり取りしたメールとか。
うわ、保護してたやつも消えてる。
……っていうか、消されてるって言った方が正しいのかな。
狭い空間で溜め息をつく。
よっぽど痕跡という痕跡を消したかったらしい。
確かに一般人に知られたら困るものばかりだろうけどさ。
でも、残念ながら一つ消し忘れがあったみたいだ。

「僕は全部覚えてるんだけどな」

だってそうじゃないか。
一般人の僕が全部、何もかも覚えてるんだ。
そんなの不都合だらけじゃないか。
僕が同じ立場なら、間違いなく僕を消す。
それももっと確実な方法で。
なのにそれをしないなんて痛恨のミスだ。
本当に痕跡を消したいのなら、あの人がそんなミスをするとは思えない。
だからきっと、本当の目的は別にある。
……その本当の目的の方も、なんとなく分かってるけど。
僕はあの人が思ってるほど子供じゃないし、それくらいのことは分かる。
だけど、あの人が望むから、僕は騙されておいてあげるんだ。
その為に黙って訳のわからない薬まで飲んで、こんな狭いところにいるんだから。
……だって臨也さん、そうしないと今度は泣くかもしれないし。





「――ほんっとに、彼の顔ときたら傑作だよね」

俺の話を聞いてるのか聞いてないのか、波江さんは黙々と仕事を続けている。
まあどうでもいいから、俺も気にせずに続けた。

「抵抗しようとしてるのか、必死で目を開けようとしててさ。
同じ手に二度も引っ掛かるなんて、思ったより簡単だったなぁ。
おかげで俺は色々手間が省けてよかったけど!」

何の警戒もせずに出されたお茶を飲むなんてさ。
もうちょっと賢い子かと思ってたのになぁ。
でも簡単に薬が盛れたから良しとしよう、抵抗されると面倒だしね。
あのスーツケースに入れられる直前の顔は、今思い出しても笑える。
何か言いたそうだったけど、多分俺に裏切られたとか思ったんじゃないかな。
俺のことを信用してくれるなんて、自分で言うのもなんだけど、どうしようもないくらい甘いよねぇ。

「そろそろシンガポールで目が覚めてる頃かな?
きっと驚くだろうなぁ!」

今頃驚いてキョロキョロしてるに違いない。
わざわざ色んな手続きを代わりにしてあげた俺に感謝してくれてもいいのにさ。

「――そう、それは良かったわね」

と、ここで実は話を聞いてたらしい波江さんが会話に参加してきた。
俺は笑顔でそれに同意しておく。

「そう思う?
本当に彼には楽しませてもらったから――」
「そうじゃなくて」

不意に、波江さんが俺の言葉を遮った。
聞き返しながらそっちを見ると、波江さんは仕事をしながら興味が無さそうにしている。
そのわりには口を挟んできたり、一体何を考えてるんだか。

「あの子、例の政治家の仲間に狙われてたんでしょう。
それはそうよね、あんたと一緒にいれば嫌でも目立つし。
……あの子の父親の会社に手を回して、海外転勤までさせて。
確かに海外に逃がせばそいつらも簡単に手出しは出来ないでしょうけど。
あんたもたまには人の為に動くのね」

例の政治家……ああ、あの横田って奴か。
……うん?
どうやら何か勘違いをしてるみたいだけど。

「へえ、俺がそんな良い人みたいに思われてるとは思わなかったよ。
いいかい、波江さん。
俺が彼を海外に発送したのはぶっちゃけ邪魔だったからだよ。
一般人にしては色々知りすぎてしまったし、何より今後も周りをうろうろされると迷惑だからね」
「わざわざ足が付かないように手続きを済ませて、空港で待ち伏せされないよう荷物に偽装してまで?」

ぴたりと矢霧波江は手を止める。

「……君さあ、弟にしか興味無いんじゃなかったっけ?」
「別に。
彼が誠二の友達だというだけよ」

俺の疑問も、矢霧波江はそう言ってあっさりとかわした。
どうして今日はこうもつっかかってくるんだろう。
俺はなんとなく黙った。
「彼にはまだ利用価値があるからだよ」と言っても多分信じないんだろう。
というかそれだと、ますます俺が彼を逃がしてあげたみたいじゃないか。

「何度でも言うけど、俺は彼が邪魔だったんだよ」

波江さんは「そう」と答えたきり、興味なんて無さそうに業務に戻った。
なんだか釈然としない。
……それにしても、酷い勘違いだよね。
俺は全ての人間を愛してるんだよ?
その俺がたった一人の子供のことを心配するなんて。
たった一人の子供を特別視して巻き込みたくないと考えるなんて。
たった一人の子供なんかの幸せを願うなんて。
……そんなこと、あるわけがないじゃないか。

「こんにちはー、っと」

気を取り直してログインしたチャットの画面で、あり得ないミスをしそうになってバックスペースを連打した。

甘楽【こんにちはー☆】
セットン【こんな早くから甘楽さんまで!】
田中太郎【確かにこの時間に揃うのは珍しいですね】
罪歌【こんにちは】

【エイトさんはまだ来てないみたいですね、寂しいです><】



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