※2013/8/18に出したコピー本と同じものです。
コミカライズの第一章ネタです。



臨也さんのポーズがどう見ても「俺の胸に飛び込んでおいで」だったので、お望み通りにダイブしました。



 キーボードを叩く手を止め、臨也は目を伏せた。
 わざわざ目を閉じるまでもなく、その出来事は鮮明に思い出すことが出来た。いや、きっと忘れたくても忘れられないのだろう。臨也の眉間には、自然と深い皺が浮かんできた。
 臨也は再度キーを叩く。カタカタと音を立てて、画面にある人物の名前が入力された。
 ――……三好です。三好吉宗。
 ――ふうん、時代劇みたいな名前だね。
 ――よく言われます。
 三好吉宗、という少年。彼は新しく池袋に転校してきたのだという。そんな彼のために帝人達が池袋を案内しているところに、偶然臨也は遭遇した。
 初めに三好を見たときには子犬に似ているというか、素直そうな印象を受けた。臨也に突然話しかけられたせいか、ほんの少し戸惑いの色を見せたため、余計にそう感じたのかもしれない。悪い言い方をするなら、御しやすい人間。
 だからこそ臨也は純粋そうな彼に、話を切り出したのだ。
 ――そうだ。君に池袋の楽しい話を教えてあげよう!
 そこまで思い出して、臨也は舌打ちをもらす。そう、三好は利用出来る人間だと思っていたのだ。そのときまでは。
 ――み、みみっ、三好君!? なにしてるの!?
 ――よ、ヨシヨシっ!?
 最初に声をあげたのは帝人と正臣だった。臨也は珍しく、反応が遅れた。
 臨也に分かったのは、胸にかかる重みと、ふわりと香るシャンプーの匂いだけだった。
 ――なに、って。
 帝人の言葉を受けて三好が口を開く。最初に臨也に挨拶をしたときとまったく変わらない、子犬のような瞳はそのままだった。どうして帝人達が慌てているのか分からない、と言わんばかりに三好はきっぱり答える。
 ――飛び込め、ってことかと思って。
 その後、自分に向かって飛んできた郵便ポストに三好が激突するまでの間、臨也はなんの反応も出来なかった。一体この少年は何を言っているのか。何を考えてこの行動に出たのか。今まで人間を観察してきたはずの臨也だが、彼は理解の範疇を越えていた。彼の行動は、全ての人間を愛していると公言する臨也をも戸惑わせるものだった。
 この苛立ちは、突然あんな行動を取った三好に対してなのか、人間を愛しているはずの自分がまったく反応出来なかったことに対してなのか。理由も分からないまま、臨也は頬杖をついた。
 まずは彼が天然か確信犯か、そこから調査が必要かもしれない。あの素直そうな印象は全てまやかしで、案外笑顔の裏でろくでもないことを考えているのではないか。
「…………」
 三好吉宗は、臨也にとって非常に興味深い観察対象だ。そのはずなのに、この苛立ちにも似た心地はなんだろうか。静雄を前にした時とはまた違う感覚だ。もちろん彼のことを観察したいという気はある。しかしそこに焦燥に似た何かがついてくる。どうやら人間を平等に愛しているはずが、三好だけがそのルールから外れているようだ。
 そこまでは臨也も容易に分析出来たが、分からないのはその先だ。ならば何故三好だけが他の人間と違うというのか。三好と他の人間のどこに差違があるというのか。
「……しばらくは退屈しなくて済みそうだ」
 机上で考えても答えは出ない、と臨也は判断した。三好をより詳しく観察する他なさそうだ。
 ――教えてくれるんですよね。楽しい話っていうのを。
 臨也は三好がそう言った時の、あの無邪気そうな笑顔を思い浮かべる。同時に彼の重みとシャンプーの香りがまた、情報としてではなく鮮やかに脳裏に浮かんだ。



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