さて、僕がここに座ってからもうすぐ一時間になるわけだ。
向かいに座った臨也さんは飽きもせずお喋りを続けている。
出されたケーキはもう食べきってしまった。
残りは僅かな紅茶だけ。
間を持たせるには辛すぎる。
かといっておかわりを貰ってまで臨也さんの話を聞きたいわけではない。
どうせきな臭い話が四割、胡散臭い話が四割、僕を子供扱いするのが残りの二割だ。
そんな聞きたくもない話を一時間もニコニコ聞いてあげる僕はなかなか心が広いと思う。

「三好君、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ。
臨也さんがやばそうな組織に言われて、もっとやばそうな組織との取り引きに向かったんでしょう」
「そう、それでその組織っていうのが――」

なんて別のことを考えながら、ちゃんと話の内容も聞いてる。
もし僕が静雄さんだったら、臨也さんが相手じゃなくても五秒でキレるところだ。
それにしても本当によく喋るなぁ。
情報屋がペラペラ取り引き内容を喋っていいんだろうか。
僕がどこかのスパイだったらどうするんだろう。
もちろん僕はスパイじゃないし、僕を子供扱いする臨也さんからすれば、ある意味僕は信用されてるのか。
同時に馬鹿にされているから嬉しくはないけど。

「ここからが面白いんだけど、その相手が」

少しも面白くないですよ。
って言ったらへそを曲げるから言わない。
どうせこういう愚痴や自慢の類いは「凄いね」とか「大変だったね」とか言ってほしいから話しているんだ。
女性の相談は意見を求めているのではなく、ただ聞いてほしいだけだ――って聞いたことがあるけど、臨也さんの話もそんな感じ。
まあ臨也さん友達いなさそうだし、話を聞いてくれる僕が珍しくもあるんだろうな。
波江さんは僕と違ってスルーしそうだし。

「それで――って三好君?」

これ以上話を聞くのも嫌になって、僕は立ち上がった。
さすがに臨也さんも眉を潜める。
自分でもけっこう失礼なことをしている自覚はある。

「もういいです、分かりましたから」

僕はそのままテーブルを回って、臨也さんの横で立ち止まる。
臨也さんもそれは予測していなかったみたいで、ますます不審そうな顔をした。

「臨也さんの目的は褒められたものじゃないですけど、目標に向かって頑張るところは好きですよ」

目を見たまま淡々と伝える。
臨也さんはそれはもう、人としてアウトだけど、努力しているところは認めるしかない。

「でも、そういう無茶なことは止めてください。
僕をハラハラさせたくて喋ったなら、臨也さんの狙い通りです。
だからそれ以上は結構です」

僕が臨也さん以上に顔を歪めてみると、臨也さんはきょとんと瞬きをした。
笑い出さないところを見るに、僕の推理は外れたようだ。
なんだ、純粋な愚痴と自慢話か。
言わなきゃよかった。
でも臨也さんのうざい話が無事に止まったのは事実だ。
言ってしまったものは仕方がないので、勢いで言いきることにしよう。

「僕は目標に向けて常に努力を怠らない臨也さんが好きですが、だからといって努力していない臨也さんが嫌いなわけじゃないです。
こんな休みの日くらい頑張ったアピールは止めて、ゆっくり寝たらどうですか。
いちいち言わなくても、臨也さんが頑張ってるのは分かってますから。
あと寒いから風邪に気をつけてあったかくして寝て下さい。
あんまり心配させないで下さい、ほんとにうざいですよ」

臨也さんの顔を両手で掴んで一息で喋った。
最初は呆然としていた臨也さんも、状況が分かったのかニヤつきはじめた。
うざい。

「心配性だなぁ、三好君は」

はいはいそうですよ悪かったですね。
って言いたいところだけど、言っても茶化されるから黙るのが正解だ。
臨也さんから手を離してすっかり冷めた残りの紅茶を飲み干す。
話は終わったし、さっさと帰ろう。

「そうだね、君の言う通り今日はゆっくり昼寝でもすることにしよう。
君も一緒にどうだい?」
「……僕が一緒だと、臨也さん寝られませんよ」

帰り支度をする僕に、臨也さんが妙に含みのある声で言った。

「もちろん冗談に決まってるじゃないか。
君みたいな子供相手にさ」

正直に答えたのに、臨也さんはそう言って笑った。
まあそうだろうと思ったけど。
わざわざ玄関まで見送りに来てくれた臨也さんに、おやすみなさいと挨拶をしておく。
おやすみのキスをしようとしたら笑ってはぐらかされた。



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