どうしてそんなことを、とはもう聞かなかった。彼がどう答えるのかは既に分かりきっていたからだ。
 彼はきっと、何を言っているのか到底理解出来ない、という顔で答えるだろう。
「俺が君を愛してるからに決まってるじゃないか」



「三好君、みーよーしー君」
 頬をぺしぺしと叩かれ、三好は瞼を震わせた。どうやら意識を失っていたらしい。夢かと思った頬を叩く手は現実のものだ。腹にも重みを感じる。もう少し寝ていたかったが、手がしつこく頬を打つので仕方なく三好は目を開けた。
「おはよう」
「……おはよう、ございます……」
 三好は夢か現かも理解出来ないまま、習慣的に挨拶を返した。
 瞼を持ち上げればすぐに重みの正体を知る。ぼんやりとした視界いっぱいに、臨也がいた。
「……ッ!?」
 そこで三好は全てを思い出す。この男に自分が何をされたのかを。
「うん、今度こそ目が覚めたようだね?」
 そんな三好の反応を他人事のように臨也は観察していた。先程拷問まがいのことをした相手に対し、悪びれもせずけろりとしている。
 臨也のことを許せるはずもなく一旦は睨んだ三好だったが、臨也の表情に恐怖すら感じ、目をそらした。今すぐにでも逃げ出したいくらいだったが、未だに縛られたままの身体ではかなわなかった。
「やだなあ、そんな顔しないでよ。まるで化物でも見たような怯えようじゃないか」
 三好の心境を嘲笑うように、臨也は不満そうに口を尖らせてみせた。内心は面白がっているだろうことは彼を知る者なら容易く予想出来ただろう。
「…………」
 三好は何も反論をしなかった。しかし今度こそ己を奮い立たせ、臨也を強く睨んだ。嫌悪、憎悪、そして殺意すら含んだ目で。殺されかけたのだから当然だといえる。
 しかしそれが臨也は気に入らなかったらしい。臨也はほんの一瞬、三好のそれを遥かに上回るような怒気を見せた。
 ――今度こそ殺される!
 三好はそう直感し、再び恐怖に身をすくませる。
 しかし臨也は予想とは逆に、今までに聞いたこともないような優しい声で三好に質問を投げかけた。
「三好君は、俺が憎くて、殺したいくらい嫌いなんだね」
 これはどういうことだろう。三好は言葉に詰まる。どう答えれば良いのか。
 しかし迷いはすぐに消えた。臨也の機嫌を取るような選択肢は見透かされることは明らかだ。何より、それでは臨也の前に平伏すことになる。
 三好は確固たる不服従の意志を持ち、「はい」と答えた。
「――っあははははは!」
 そこで激昂するかと思った臨也は、突如可笑しくてたまらないというように笑いだした。
 三好がその意図を探ろうと瞳を動かしたと同時に、臨也の手にはナイフが握られる。このまま殺されてしまうのでは、と三好に緊張が走る。
 だが臨也は先程のような穏やかな顔に戻り、三好の手を自由にしながら、その手にナイフを握らせてきた。驚く三好に、臨也は静かに笑いかける。
「そうか、俺が嫌いなのか……。なら、俺をこのナイフで殺しなよ。君がその手で俺を刺し、俺の返り血を浴びて、俺が死ぬのを見届けて、ちゃんと死んだか確認するんだ。ほら、やってごらん? 確実に殺したかったらしっかり力を入れて刺すんだよ」
 ――何を言ってるんだ。
 三好は思わず目を見開く。しかし視界は相変わらず臨也だけで、どこにも解決策は無い。自由になった手で臨也を殴ることも出来ず、三好はただただナイフの柄を握りしめた。
「ほらほら、早くしなよ。早く早く早く。……それとも出来ないのかな?」
 臨也はしばらく刺すことを催促していたが、三好にそれが出来ないと分かると、意識を失う前に聞いたあの狂った声で笑い転げた。
「出来ない? へえ、出来ないんだ! 俺を殺したいって言ったのにね!? あれは嘘だったのかな!? ほら正直に言ってごらんよ、嘘でしたって! ……うん、待てよ? あれが嘘ってことは本当は俺のことが好きってことかな? え、違う? 違うなら刺せるよね。ほら刺してごらんよ、ほらほら!」
 気付くと、三好は涙を流していた。臨也に反論出来ない悔しさからか、それとも。
「……出来ないなら、殺すなんて簡単に言っちゃ駄目だよ?」
 どうやら三好の様子に機嫌を良くしたらしい臨也の声色が柔和になる。泣き出した三好を慈しむように、臨也は頭を撫でながら諭すようにそう言った。
「違う、違う……っ」
「違わないよ、なんにも」
 首を振って逃れようとする三好に、臨也はぴしゃりと言い放つ。最初から三好に何か言わせる気など無いのだ。
「――まあ、別にどっちでもいいか」
 しかし何かを思い付いたように、不意に臨也は笑みを浮かべた。背筋の凍るような狂気の笑み。
 悲鳴を上げそうになる三好に、臨也は愉しげに言った。
「俺を殺しても、いや殺した方が、君は一生俺を忘れられないし、一生俺から逃げられないんだからね」



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