※2014/12/29に出したコピー本と同じものです。



 ことの発端はだいたい想像がつく。こういうことになるきっかけは、まったく自覚は無いが、自分が何かの行動を取ったためなのだ。
 今回はおそらく自分が言った何気無い一言が原因だ。本当に、意味の無い呟きだった。三好も今の今まで忘れていたほどだ。
 見慣れていたはずの臨也の事務所に設置されたソレを見て、三好はひきつり笑いを浮かべ、立ち尽くすことしか出来なかった。
 失言だったか、と三好は思う。どうだと言わんばかりの臨也のニヤけ顔を見ればなおのことだ。
 臨也本人は悪趣味な言動と性格の持ち主であったが、彼の事務所は意外にも整然としている。事務所という言葉の持つ一般的なイメージを踏まえたようなシンプルかつ機能的な事務所だ。三好も初めて訪れた時には、臨也が内容はどうあれ意外と真面目に仕事をしていることに驚いたものだ。
 そんな事務所にまったくそぐわないモノが置かれている。
 L字型に置かれたソファーの前には確かガラスのテーブルが置かれていたように思う。今そこにあるのは、木目の天板と、その下から出たふかふかの布団だ。それがコタツであることは、日本人なら誰でも一目で理解出来るだろう。しかもそのコタツは脚が長くなっているようで、ソファーに座ったままコタツに入れるようになっていた。
 確かに三好は言った。コタツが欲しいですね、と。それは臨也にみかんをご馳走になった時だったと思う。みかんを食べるならコタツだろうという、まったくの思い付きで出た言葉だった。本当にコタツが欲しかったわけではない。
 その時に臨也はなんと答えたのだったか。多分「そうだね」とか、何か相槌を打っただけだったと思う。その話はそこで終わりだったはずだ。
 他愛ない、意味の無い会話。そのはずだったのに、何故かコタツはそこにいる。
「…………」
 三好は無言でコタツに近付き、布団をめくる。オレンジ色のランプが中を照らしており、暖かい空気が三好の手に触れた。中は既に丁度いい温度になっているようだ。
 まるで機械のようなぎこちない動きで、三好は臨也を見た。その目は何か言いたげだが、全部コタツについてだということは明らかだった。
 臨也は手でコタツに入るよう促してきたが、そういうことを言いたいんじゃない。三好はやっと口を開く。
「……なんですか、これ?」
 責めるような口調だった。
「何って、コタツだよ。君が言ったんじゃないか」
 対する臨也は、用意してやったんだから感謝してほしい、とでも言いたそうに肩をすくめた。
 そういうことじゃない、と三好はまた思った。これがコタツだということは見れば分かる。それが用意されたのが、自分の一言に端を発することも分かる。しかし、何故それを臨也が用意しているのか。臨也も、三好の言葉が何の意味も持たない呟きだったと分かっているはずだ。
「君が欲しいって言うから用意してあげたんだよ。俺が手ずから、ソファーと高さが合うかどうかまで計算に入れて探してあげたっていうのにね。それを自分で言い出しておきながら忘れるなんて、子供とはいえもう少し自分の発言に責任を持ったほうがいいんじゃない?」
 再度、臨也は感謝を要求してきた。押し付けがましいにも程がある。三好は舌打ちで返したくなったが、しばらく考えた末、大人しく礼を言った。そうしないと話が進まないと思ったためだ。
 臨也は満足したのか、執拗にコタツに入ることを勧めてきた。しっかりみかんも用意されている。臨也に従うようで癪ではあるが、三好は言われるままソファーに座り、コタツに足を突っ込んだ。
「……はぁ」
 先程感じた通り、やはり中は丁度いい温かさになっていた。外の気温は三度だとか聞いた覚えがある。そんな寒い中をやってきたのだ。それに比べるまでもなく室内、そしてコタツは楽園のようだった。さっきまでの渋々といった態度も思わず軟化して、三好は溜め息を吐いた。
「はい、みかん。良かったね、コタツで食べられて」
「……ありがとうございます」
 臨也にみかんを渡され、三好も今度はわりと素直にそれを受け取る。
 間違いなく臨也は何かを企んでいるだろう。まさか臨也が三好の言葉を真に受けるとは思えない。コタツもみかんも、何かの目的があって用意されたに違いないのだ。
 しかしまさか自分をコタツに押し込んだところで、池袋を征服してみたり、静雄を亡き者にしたり、カラーギャングに大抗争を起こせるとは考えられない。ならきっと、その目的とは三好の観察なのだろう。
 他に危害が及ばないならまあいいか、と三好は結論付けた。自分はコタツで温まれるし、その代わりにちょっとぐらいならジロジロ見られるのは我慢してやろう、と考えたのだ。たったそれだけの為にコタツを用意した臨也に、少しくらいは情けをかけてやってもいい。
 三好が無言でみかんを剥いていると、足元にほんの少しだけ冷気を感じた。臨也が布団を持ち上げたためだ。臨也もコタツに入ることにしたらしい。三好は特に気に留めず、みかんの皮を剥く。ちらりと臨也の様子をうかがうと、臨也も同じようにみかんを剥いていた。二人はそのまま、黙ってみかんに集中する。
「ねえ、三好君」
「なんですか?」
 三好がみかんを半分くらい食べたところで臨也が声をかけてきた。三好はそちらを見ず、手にしたみかんに視線を落としたまま返事をする。それを咎めず、臨也は続けた。
「今日の夕飯なんだけど、お鍋にしようと思ってるんだよね。良かったら三好君も食べて行きなよ。コタツで鍋を囲む、いいねえ。冬の風物詩だと思わない?」
 はあ、と三好は曖昧な返事をする。
 視界の端のほうにいる臨也は、みかんを剥く手を止め、頬杖をついて楽しげな笑みを浮かべていた。確かめるまでもなくこの人はいつもそうだな、と三好は思う。何がそんなに楽しいのやら。
「材料は波江さんに頼めば揃えてくれると思うよ。何がいい? ああ、もちろん俺がご馳走するよ。まさか君みたいな子供に材料費を請求したりしないから、安心して好きなものを頼むといい」
 臨也はスマートフォンをちらつかせながら述べた。波江は外出しているようだ。今頼めば帰りに買って来てくれる、というポーズだろうか。
 どうやら臨也は三好を外に出さないつもりらしい。この事務所から、いや、このコタツから。臨也の考えが読めた三好は大袈裟に溜め息を吐いた。そしてやっとみかんから臨也に視線を移動し、呆れ返った声で言った。
「僕をダメにしようとして、楽しいですか?」
「楽しいよ?」
 間髪を入れず返された答えに、三好は閉口する。まったくなんてことを考えるんだ。
「三好君ってさあ、猫みたいだよね。すり寄る相手を選ぶって言うのかな。例えば俺がエサをあげたら食べるけど、だからって俺になついたり、甘えて来たりはしない」
 何を言い出すんだと三好は露骨に眉をひそめた。しかしそれは逆効果だったらしい。臨也は驚いてのけ反ったような演技をして笑っている。
「そんな顔しないでよ。別に馬鹿にしてるわけじゃないんだから。それとも、猫は嫌いだったとか?」
 猫は嫌いではない。むしろ動物は基本的に好きだ。知っているくせにそんなふうに茶化してくる臨也に三好は白い目を向ける。
「それで? 猫はコタツで丸くなる、って思ったんですか?」
「察しがいいね」
 先回りした三好の言葉に、臨也は目を細めた。
 そんなことだろうと思ったのだ。三好の言葉を真に受けたわけではないが、それにあえて乗ったということだ。いや、丸くなるかどうかということすら臨也はどちらでもいいのだろう。ただ、三好がコタツに興味を示して、一秒でも長くそこにいて、あとはそれを観察出来れば。
「……楽しいですか?」
 何か文句を言ってやろうかとも思ったが、臨也には何を言っても無駄なのだ。一周して諦めた三好は困ったように笑って、再度同じことを問い掛けた。臨也は当然とばかりに鼻を鳴らす。
「もちろん」
 あまりに自信満々に断言されたので三好はもう苦笑するしかない。
 臨也はさっきから剥いていたみかんの一房を指で摘まんで、三好の前に持ってきた。食べろということらしい。その動きのひとつひとつに機嫌の良さが見てとれる。きっと三好が言い返せなかったためだろう。
 三好は先程言われたことを思い出し、みかんを摘まむ臨也の指にかぷっと噛みついた。



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