※2014/8/16に出したコピー本と同じものです。
外伝ネタです。



 ――さっきね、シズシズのコスプレイヤーがいたんだよ!
 狩沢から送られてきたメールに三好は首をかしげた。
 久しぶりに三好は池袋へと帰ってきている。帰ることは友人達にもあらかじめ知らせており、狩沢もその中の一人だ。
 狩沢は三好がシズシズ――平和島静雄の後輩に当たることを知っている。いや、それだけではない。三好が静雄に対して尊敬以上の感情を持っていることを知っている数少ない人間でもある。彼女の趣味を加味すると純粋にとは言い難いが、とにかく狩沢は三好のことを応援してくれていた。このメールをくれたのも、そのコスプレイヤーとやらが他の誰でもなく静雄の格好をしていたからなのだろう。
 三好は顎に手を当ててうーんと唸った。狩沢には悪いが見間違いではないだろうか。金髪のバーテンダーなんていくらでもいるだろう。たまたま静雄と背格好が似ているバーテンダーがいてもおかしくない。
 どうせなら本物の静雄に会えないだろうか、と三好はメールのことは気にせず街をぶらつくことにした。


◇◆


 特に用も無くゲームセンターを覗いたが、これといって興味をひかれるものは無かった。次はどこに行こうかと三好は適当に足を進める。この街を離れてからかなり経つが、それほど大きな変化はなさそうだ。
 三好は懐かしさを感じながら、学校帰りによく歩いた道を選んで通る。大きな道から少し外れた裏通りは学生に相応しいとは言えないが、この道を通ると駅への近道になるので急いでいる時はよく利用していた。
 ――静雄さんにコーラを貰ったのもこの道だったっけ。
 学校帰りに静雄に偶然会えた時のことを思い出し、三好は思わず顔がほころんだ。
 静雄は高校の頃には既に有名になっており、喧嘩を吹っ掛けられることが日常だったという。そのため、まともな後輩というのは実は三好が初めてらしい。おそらく後輩が出来て嬉しかったのだろう。静雄は「先輩後輩の仲だから」とコーラを三好におごってくれた。
 静雄に思いを寄せる三好にとっては嬉しくもあり、少し切なくも感じる、そんな思い出だ。その思い出があるから、今も静雄を探してこの道を通ってしまったのかもしれない。
「あっ」
 三好は思わず声を上げた。前方に見慣れた格好のその人物が見えたからだ。嬉しい偶然に三好は心をはずませ、その人物へと近付く。
「……あれ?」
 しかし三好はすぐに足を止めた。目の前にいるのは、確かにバーテンダーの服を着た金髪の男性だ。しかしどうも体格が違う。
 男性はヤンキー風の青年達と少し会話すると、青年からジュースを受け取り、去っていった。
 なんだ、ただの人違いか。落胆する三好の耳に、青年達の会話が聞こえてきた。
「あれか……さっきダラーズのメールで出回ってた、平和島静雄の偽物って」
 どうやらこの青年達はダラーズのメンバーのようだ。しかし静雄の偽物とはどういうことか。そこで三好はやっと狩沢のメールを思い出した。
 もしもあの男性が他人のそら似ではなく、静雄の名前を利用するために変装しているのだとしたら。
 静雄を利用されることに腹が立った三好は男性を追いかけることにした。特にどうしようと決めていたわけではない。狩沢に連絡を取ってダラーズサイトに現在地の周知でもしてもらおうかというくらいだ。静雄本人に知らせることも考えたが、さすがに男性が命を落としそうなのでそれはしないでおくことにした。
 そのまま距離を取って男性を尾行していると三好の携帯に突然電話がかかってきた。ディスプレイに表示された名前に、三好は顔を歪める。このタイミングでの電話に嫌な予感がしたが、三好は素直に電話に出た。
『やあ三好君、久しぶりだねえ。今は池袋かい?』
「お久しぶりです、臨也さん。そうですけど、なにかご用ですか」
 臨也の声は相変わらずの調子だった。どうせ三好の居場所など分かっていて聞いているのだ。三好はその回りくどい物言いに対し、単刀直入に問う。
『せっかちだなぁ。久しぶりに話すんだからさ、もう少し積もる話ってやつを片付けてからでもいいんじゃない? まあ、俺もそんなに暇じゃないから今回はそれはやめておこうか』
 臨也は勿体ぶるように、そんな苦言を挟んできた。とっくに慣れている三好は聞き流しておく。自分で暇じゃないと言った手前、臨也は早速本題に入った。
『実は、池袋にシズちゃんの偽物が現れたって聞いてね。その偽物を名探偵さんに探してほしいんだよ』
 電話の向こうの臨也の顔が容易に想像でき、三好は溜め息を吐いた。あまりにタイミングが良すぎるので、どこかで見ているのではないかと思うほどだ。
「それなら多分、十メートルくらい僕の前を歩いてる人だと思います」
 嘘を吐いても仕方がないので、三好は正直に答えた。へえ、と臨也が感嘆の声を上げる。
『さすが三好君だ。どうも君は偽物ってやつに縁があるよねえ。だからもしかして、って思ったんだけどさ。いやあ、期待以上だったよ』
 褒めているつもりのようだが、三好は複雑な心境になり、何も答えなかった。
 そんな三好の思いなど完全に無視して臨也は話を続ける。三好がどんな反応をしても、どうせ臨也はその偽物について何かを三好に要求するつもりなのだ。
『そんなに難しいことじゃないよ。その偽物に近付いて、それがどんな人間なのか調べて欲しいんだ。現在地の情報とか、写真があれば特にいいんだけどね』
 つまり臨也は、偽物に話し掛けてこい、と言っているのだ。それはなかなか難しいことのように思えるのだが、臨也はいつもの調子で言う。
『ほら、シズちゃんの真似をしてるなんて酔狂な人間、気になるだろう? だから情報を仕入れてきて欲しいんだよね。三好君なら人畜無害そうだし、相手も油断すると思うよ。それじゃ、期待して待ってるよ!』
「えっ、あの……」
 三好が止める間も無く、臨也は一方的に電話を切ってしまった。完全に向こうのペースに乗せられている。
 きっとここで臨也の依頼を無視すると後々面倒なことになるのだろう。臨也があの偽物を調べたいというのが、本人の申告通りの興味本意によるものだとは思えない。また良からぬ計画を立てているのかもしれない。しかし三好は偽物に腹を立てていたし、あの偽物がどうなろうとどうでもよかった。
「静雄さーん!」
 そこで三好は臨也の依頼をこなすことにした。そうと決まれば早速目の前の偽物を大声で呼び止める。
「あ? 誰だ手前? この静雄様になんか用かぁ?」
 偽物が振り返って、そんな言葉を発した。なるほどガタイはよすぎるが、服装はほぼ完璧だ。顔も似ているわけではないが、サングラスがあるのでそこまで致命的にはならないだろう。
 三好は思わず笑いをこらえながら、いつもの笑顔で偽物に話し掛けた。
「僕ですよ、同じ高校の後輩の三好です。ほら、しばらく前に引っ越した。久しぶりに戻ってきたので静雄さんにご挨拶しようと思ったんですが……もしかして忘れちゃいました?」
 三好が名乗ると、偽物は一瞬たじろいだようだった。本物の静雄を知る人間が現れ、自分のことがバレると思ったのだろう。しかし三好が「久しぶり」と言ったことで、浅はかにも誤魔化せると踏んだようだ。何度か頷き、少し目を泳がせながら言った。
「あ、ああー。そうだ三好だ。いやあ悪い悪い。すっかり忘れてたぜ」
「酷いですよ、確かに長い間お会い出来なかったですけど」
 三好はニコニコ笑って話をあわせてやることにした。向こうも自分の正体を知られたくないはずだ、いきなりこちらに危害は加えて来ないだろうと三好は推測する。
 そこで三好は、ちょっとした報復をこの偽物に対して行うことにした。
「そうだ静雄さん! 次に戻ってきたらケーキおごってくれるって約束してましたよね!」
「えっ」
 三好が持ち前の子犬のような笑顔で言うと、明らかに偽物はしどろもどろになった。次に三好は演技じみた疑いの眼差しを向けながら畳み掛ける。
「もしかしてそれも忘れちゃってたんですか? おかしいなー、静雄さんが大事な後輩との約束を忘れるなんて。いつも静雄さんは僕にケーキとかジュースとかおごってくれてたのになぁー」
「わ、忘れてるわけねえだろ!」
「さすが静雄さん! じゃあ今から食べに行きましょう!」
 やはり偽物だとは知られたくないようで、偽静雄はあっさり三好の嘘を信じた。
 逃がす前に早速ケーキをご馳走になろうと、三好は正体も分からぬ相手を比較的高級なホテルのカフェへと引っ張った。


◇◆


「それじゃ、静雄さん! 僕、他にもご挨拶したいところがあるので。ケーキご馳走さまでした!」
「あ、ああ……」
 三好は満面の笑顔で手を振り、偽物と別れた。高校生にはなかなか手が出ない一番高いケーキと紅茶のセットをおごらせたので、少しは三好も気がすんだ。
 ケーキの写真を撮るふりをして偽物の撮影も出来たので、あとはこれを臨也に送信すればいいだろう。一体臨也がこの写真を見てどうするつもりかは知らないが、三好には関係ないことだ。
 ――偽物はもうどうでもいいから、本物の静雄さんに会いたいな。
 三好は肩を落とし、偽物のほうを振り返る。服装が似ているだけのまったくの偽物だ。先程話した様子だと、どうも静雄に罪を着せて好き勝手しようとしている小悪党のようだ。静雄の名前は池袋では有名だし、その威を借りようとしたのだろう。
 臨也に偽物の特徴をまとめたメールを打っていると、似ても似つかない偽物の姿を思い出してまた段々腹が立ってきた。
 ――静雄さんはもっと細いし、優しいし、面倒見がいいし、笑顔が可愛いし、プリン大好きだし、なによりもっとかっこいいのに……!
 はっと気付くと臨也に送るメールがものすごく主観的になっていた。これではただの感想で、情報でもなんでもない。この文章ひとつひとつに皮肉や文句をつけてくる臨也が想像できてしまい、三好は深呼吸して落ち着いてから、メールを打ち直した。


◇◆


「三好!」
 後ろから声をかけられ、三好は振り向く。その声を聞き間違えるはずがない。そこには本物の静雄が立っていた。
 片手を軽く上げた静雄だが、服装はいつもと違って喪服を纏っている。法事の帰りなのだと静雄は言った。なるほど、どうりでどれだけ探しても見つからないわけだ。
「お久しぶりです、静雄さん」
 ペコリと頭を下げてから三好は静雄をまじまじと見た。さっき偽物を見た後なのでいつも以上に素敵に思えてしまい、三好はつい顔を赤らめそうになった。
「ん? やっぱり変か?」
 静雄はそんな三好の反応を自身が喪服を着ていることに対するものと取ったようだ。普段はバーテン服で過ごしているため、本人も違和感があるらしい。「ネクタイの静雄さんもかっこいいなあ」などと考えていた三好は全力で首を横に振った。
「いえ、実は今日静雄さんの偽物に会ったんです」
「偽物……?」
 三好の言葉に思うところがあったようで、静雄は首を傾げた。
 実はつい先程、普段の自分と同じような格好をしている男をぶっ飛ばしてきたところだ。弟の車に蹴りを入れられたことで頭に血が上って忘れていたが、そういえばあの男も金髪でバーテンダーの格好をしていたように思う。
「静雄さん? どうかしましたか?」
「あー……いや、なんでもねぇ」
 しかしそんなことはわざわざ三好に言う必要はないだろう、と判断し、静雄は頬を指でかいた。
「で、偽物に会ったっつったよな。何か話したのか?」
「はい、ケーキおごってもらいました」
「何ぃ!?」
 正直に伝えたところ、いきなり静雄は声を荒らげた。三好はきょとんと目を丸くする。なにかまずいことを言ったかと様子を伺うと、静雄は少し落ち込んだような調子で言った。
「その……もしかして、俺と見分けがつかなかった……とか……」
「え? ち、違います!」
 段々沈んでいく声のトーンでハッとしたように三好が慌てて両手を振った。どうも静雄は三好が偽物と自分を間違えたと思い、ショックを受けているようだ。
「静雄さんの格好してて腹が立ったから、気付いてない振りしてケーキおごらせただけです! 全然静雄さんとは似てなかったし、僕は最初から気付いてましたよ?」
「そ、そうか……!」
 なんとか三好が否定すると、静雄の顔がぱっと明るくなった。どうやら誤解は解けたようだ。
「いやー、よかったぜ。久しぶりだから忘れられてるかと思ったんだけどよ」
「まさか。僕が静雄さんを忘れるわけないじゃないですか」
 心から安堵した様子の静雄に、三好は得意げに胸を張ってみせた。きっと静雄は三好が何故そう言い切れるのかなんて疑問にも思わないだろうが。
「…………」
 そんな三好を見て笑顔を浮かべていた静雄だが、ふとその表情が険しく曇る。
「静雄さん? どうかしましたか?」
 その意味がよく分からず、三好は眉尻を下げて問う。静雄も少し何か考えているようだ。少しの沈黙のあと、静雄はやっと口を開いた。
「いや、悪い。お前に怒ってるわけじゃねえんだよ。ただ、ちょっと心配になったんだ。例えばその偽物がお前に暴力を振るう可能性だってあるわけじゃねえか。だから知らねえ奴に簡単についていくなよ」
 口調は少し強めだが、怒っているわけではない。真剣に三好を心配しているのだろう。
「……はい、すみません」
 確かに静雄の言う通り、軽率だったのかもしれない。今回は相手が単なるチンピラだったから良かったものの、場合によってはそのまま金銭を要求されたり、拉致されたっておかしくないのだ。なにより三好は、静雄を心配させてしまったのが申し訳ない気持ちになった。
 しゅんと俯いた三好の頭に静雄の手が伸びる。静雄はぽんぽんと三好の頭を叩くと、今度は優しい声で言った。
「でも、俺のことで怒ってくれたんだよな。ありがとよ」
 俯いていて良かった、と三好は思う。一気に熱くなった顔のせいで、静雄の手が離れた後もなかなか顔を上げられない。
 三好がそんな反応をしていることには気付かず、静雄は少し恥ずかしそうに提案した。
「あー……そうだ、三好。一緒に飯食いに行かねえか。もちろん俺のおごりだ。デザートにパフェもつけていいからよ」
 えっ、と三好は顔を上げる。気持ちはとてもありがたいが悪いからと断ろうとすると、それを遮るように静雄が頭をかいて付け足した。
「偽物なんかにいい格好させられねえからよ」
 どうやらケーキをおごってくれたという偽物に対抗しているらしい。ぶっきらぼうではあるが、三好が偽物に付いていったことをまだ気にしているのが分かる。それは三好にも伝わったようで、思わず三好はプッと吹き出した。
「じゃあ、ご馳走になります。僕も静雄さんといろいろお話したいですから」
「よし、じゃあ行くか」
 丁度時間的にもお腹がすいてきた二人は並んで歩き出す。
 ――こうなるんだったら、偽物の人にはちょっと悪いことしたかな。
 今まで腹を立てていた静雄の偽物に、現金なことに三好は感謝の気持ちがちょっぴりだけ沸いてきた。彼がいたおかげでこうして静雄と一緒にご飯が食べられるのだから。
 偽物が臨也にハメられ、静雄に空高く投げ飛ばされたことなど知らない三好は、晴れやかな気分で静雄と夕食を共にした。


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