※時系列等はスルー
「そんな方法で俺を騙せるなんて、本気で思ったの?」
上から臨也さんが嘲笑う声が降ってきた。
一緒に、不恰好なクッキーも。
落ちたクッキーが床や僕に当たって砕ける。
砕けた欠片と粉まみれになって僕は床に転がっていた。
「この毒入りクッキーがあのチョコレートのお返し?
仕返しの間違いじゃないの?
もっとも、そうと分かっている以上、俺が食べる訳がないけどね」
勿体ないな、と僕は散らばるクッキーの残骸を見やる。
昨日の晩に僕が頑張って作ったものだ。
わざわざ生地をこねて、オーブンで焼いて、毒を盛って、チョコペンで色とりどりのデコレーションをして、可愛いラッピングまでしたのに。
味も悪くなかったと思う。
たった今、臨也さんに毒味と称して無理やり口に突っ込まれた時にそう思った。
僕が毒を盛ったのは事実だから、臨也さんの行動は正しいといえばそうだけど、納得いかない。
自分だってバレンタインには盛ってきたくせに、一口くらい食べてくれたっていいじゃないか。
「残念だけど、俺には全部お見通しだよ。
君みたいな子供の考えることなんて」
倒れた僕の傍に膝をついて、臨也さんは僕の方へと手を伸ばしてきた。
多分僕の頭を撫でようとしてるんだろう。
いつも通りに、子供扱いして。
「本当に馬鹿だね、三好君は」
「……馬鹿は、どっちですか」
臨也さんの手が触れるか触れないかで、僕は勢いよく跳ね起きた。
そのまま渾身の力で臨也さんに肩をぶつける。
「ッ!」
油断していた上に不安定なバランスだった臨也さんは、簡単に尻餅をついた。
すかさずマウントポジションを取る。
お見通しだとかなんとか言ってたくせに、ちっとも見通せてないじゃないか。
「みよ、」
反撃に移られる前に腕を掴んで唇を塞ぐ。
幸い何か言おうとしてたみたいだったので、半開きの口に舌とクッキーの欠片をねじ込んだ。
さっき起き上がる直前に拾っておいたものだ。
「僕が食べたクッキーには、毒なんて入ってなかったんです。
毒を飲んで倒れたふりをしただけで」
臨也さんがクッキーを嚥下するのを確認し、僕は唇を離した。
ただし、腕は拘束したままだ。
じきにその必要も無くなるだろうけど。
「特定のクッキーにだけ、毒が入っていたんですよ。
法則さえ分かればデコレーションで見分けられるんです」
それは一種のゲームみたいなものだ。
臨也さんが法則に気付いて毒を回避すれば、僕は残った毒入りクッキーを食べる気でさえいた。
「だけど臨也さんは最初から考えることを放棄した。
毒が入ってると決めつけて逃げた。
思考停止は人間の成長を止めてしまう。
そんなことは臨也さんだって分かってるだろうけど」
臨也さんは答えない。
多分答えられないんだと思う。
僕が盛った薬はせいぜい身体の自由を奪う程度しか効果は無いけど、十分だろう。
僕は臨也さんの腕を離してあげた。
殴りかかってくる様子も無い。
指先を動かして必死に感覚を取り戻そうとしてるのが滑稽だ。
そんなことをしたって、しばらく薬の効力は続く。
「考えて、選択して、前に進む。
それが臨也さんの大好きな人間の在り方でしょう?
当の本人がそんな大切なことを忘れてるなら、観察なんてしたって意味が無い。
きちんと反省して、思い出して下さい」
耳に顔を寄せて咎めるように囁くと、臨也さんが悔しそうに呻いた。
ついでにこっちを睨んできたけど、どうせ抵抗は出来ないので無視する。
臨也さんが何も言ってこないのは案外気分がいい。
「馬鹿な臨也さんも可愛くて好きですよ」
思ったままを伝えると臨也さんは顔を歪めた。
だけど臨也さんが僕みたいな子供に騙されたのも、馬鹿にされたのも、組み敷かれてるのも事実だし、そんなことは臨也さんだって分かってるだろう。
それが事実だからこそ、悔しがる臨也さんが可愛くてたまらない。
「せっかくのホワイトデーなので、存分にお返しさせて下さい」
毒の入ってないクッキーの欠片を拾って口に運ぶ。
それを口移しで臨也さんにも食べさせてみたら、まるでこれにも毒が入ってるみたいに頭がクラクラした。