※時系列等はスルー



見慣れたはずの天井がぐるぐる回っている。
いや、本当に回ってるわけがないから僕の目がおかしくなってるんだろう。
見ているだけで吐き気がするけど、困ったことに僕の目は回転している天井に釘付けになっている。
瞼を閉じる力も無いらしい、と他人事のように思った。
それでも無理やりに瞼を下ろせば、やけに自分の呼吸が五月蝿く感じる。
視覚を遮断した分、聴覚が鋭くなってるんだろう。
それにしたって耳障りだ。
他人から見ると僕はまるで全力疾走でもした後みたいに見えるに違いない。
肩を上下させて呼吸を整えようとするけど、上手くいかない。
それどころか、余計に息が荒くなってく気さえした。

「三好君」

名前を呼ばれた気がして、重い瞼を持ち上げる。
波みたいに揺れる視界の中に、知ってる天井と、知ってる人が一人。
名前を呼ぼうとしたけど、息をするのが精一杯で声が出ない。

「気分はどうかな?」

これが良さそうに見えるのか。
見れば分かることを質問されて、僕は脱力する。
そのせいだけじゃなく、身体に力が入らなくなってきた。
上半身がずるずるとずり落ちて、座ってたはずの僕はいつの間にかよく知ってるソファーに倒れ込んでいた。

「そろそろ学習したらどうだい?
何度騙されてるのさ」

知ってる人は、そう言って笑った。
呆れてるのと馬鹿にしてるのが半々くらいだろうか。

「本当に馬鹿な子だね。
まったく、可愛いなぁ」

今度は馬鹿にしてるのが十割の笑い声だ。
その声が頭に響いて痛いけど、それを訴える気力も無い。
どんどん力が抜けていく。
ソファーから腕が落ちて、その拍子に手の中にあった物が床に転がった。
欠けたハート型のチョコレート。
欠けてるのは、僕がかじったからだ。
考えるまでも無く、このチョコレートに何か薬が入ってたんだろう。
その薬が原因で、僕は頭痛と目眩に襲われているわけだ。
でも薬だけが原因だっていうのは、ちょっと語弊がある。

「……ねえ、三好君?」

だってこのチョコレートを食べることを選んだのは、僕なんだから。
何か入ってるかもしれない、むしろ入ってないわけがない。
そんなことは承知の上で。

「何が可笑しいんだい?」

可笑しいに決まってるじゃないか。
僕に薬を盛る為だけに、この人は色々してくれたんだから。
わざわざチョコレートを溶かして薬を入れてハート型に固めてラッピングまでして僕を呼び出して手渡す。
ただ、僕に一服盛る為だけに、そこまで。
想像するだけで頭が痛いのも忘れて笑えてくる。
そこまでされたら僕だって食べないわけにはいかないだろう。
例え毒が入ってたって、それだけの手間がこのハート型のチョコレートひとつに詰まってるんだから。

「まあいいや。
君のそういうところが好きだよ、三好君」

そう言って知ってる人は僕の頬にキスをしてきた。
僕もあなたのそういうところが好きですよ、って言いたいけど、唇が震えて動かなかった。
ここまでしないと素直にキスひとつ出来ないあなたが好きですよ。
僕よりももっと馬鹿で、もっともっと可愛いあなたが大好きですよ。
それを伝えたいけど、残念ながら時間切れだ。
もう慣れ親しんだ薬の効果で、僕の意識は遠のいていった。



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