「本っ当にすまねぇ!」
「あの、本当に大丈夫ですから」
 池袋最強と名高い平和島静雄だが、普段は比較的常識ある人物である。特に三好から見ればなにかと後輩を可愛がる理想的な先輩だ。
 だから静雄は、後輩である三好に怪我をさせかかった自分が許せないらしい。先程から何度も頭を下げている。
 だが申し訳ないが、三好は早く杏里と合流したい気持ちで一杯だった。怪我のひとつもしていないし、そこまで謝られる理由もない。
「……じゃあ、代わりに僕の質問に答えてもらっていいですか?」
 さすがに辟易した三好は、ひとつ提案をした。質問はもちろん、今日何度も聞いた例のものだ。とっくにレシピは集まっているが、何か静雄に頼みごとをしてそれで気が済めばと考えたのだ。
「あ、ああ! 俺に分かることなら何でも答えてやる!」
「そんなたいした質問じゃないんですけど……。静雄さんって、風邪ひいた時とか何食べます?」
 罪滅ぼしをしたいのか、妙に必死な静雄に、三好は苦笑しながら問いかけた。
「風邪ひいた時? そうだなー……」
 やはり予想外な質問だったらしい。それでも静雄は腕組みをして真剣に考え始めた。茶を飲んでいた三好はそんな静雄を見て、思わず笑いそうになりむせてしまう。
「げほっげほ……そんな真剣に考えなくていいですから」
 あまりにも可笑しくて笑いながら三好は顔を上げた。すると、そこには何故か険しい顔をした静雄の顔。さすがの三好も、ハテナマークを浮かべた。
「三好ぃっ!」
「は、はいっ!?」
 自分は何か失礼なことをしてしまったのだろうか。思わず姿勢を正した三好の肩を、静雄がガシッと掴んだ。
「お前なにやってんだよ! 今すぐ家帰って寝てろ! 悪化しちまうぞ!」
「……へ?」
 三好は目をぱちくりさせて静雄を見た。静雄はやけに心配そうな顔をしている。
 訳が分からないでいる三好をぶんぶん揺さぶり、静雄は更に続けた。
「あれだろ、風邪ひいて帰ろうとしたところをあのノミ蟲に捕まったんだろ! クソッ、あのノミ野郎……三好が弱ってるところにつけこんだに違いねぇ! 次見たらぶっ殺してやる!」
 ――な、なんか勘違いしてる!
 三好はなんとか状況を理解した。どうやら静雄は三好が風邪をひき、自分に助けを求めてると思い込んでいるらしい。
 やっと理解出来たところで、静雄が慌てたように立ち上がった。
「こうしちゃいられねぇ……! とりあえず俺んち来い、三好!」
「いや、大丈夫ですから!」
「心配すんなって! お粥ぐれぇなら作れるし、ちゃんとフーフーしてやる! 病人が遠慮すんな!」
 ――彼女か!
 正臣の言葉と同じ言動を取った静雄に、思わず三好は全力でツッコミそうになった。もしも三好が以前にもう少し長く関西にいれば危なかっただろう。
 とりあえず三好は何よりもまず、誤解をとくことに尽力した。風邪をひいたのは自分ではなく新羅だ、と。
「新羅に料理……?」
「だからセルティさんに頼まれて、レシピを探してたんです」
 なんとか説明を終えた三好は、げんなりした様子を顔に出さないように努めた。ついでに、カウンターの向こうで会話を聞いていたサイモンにも話を振ってみる。
「サイモンは風邪ひいたらどうすんの?」
「ウォッカ呑めばイイヨ!」
「……日本人なら逆に悪化すると思うな、それは」
 しかし残念ながらロシア人はそもそも寒さの耐性とレベルが違ったので、参考になりそうもなかった。
「直接呑まずに紅茶に蜂蜜と一緒に垂らしたりもするな」
「結局呑むんですね……」
 デニスの補足を加えても、結局参考にはならない。いや、臨也の言っていたことが正しかったという意味では収穫があったが。
 ――ロシアは色々凄い国だ……。
 三好はある種の戦慄だけを胸に、店を後にしようとした。
「ボウズ」
「はい?」
 しかし、そこでデニスに呼び止められた。デニスは手に袋を持っている。中に何か入っているらしい。
「茶碗蒸しなら喉にもいいだろ。食わせてやれ」
 中身は茶碗蒸しのようだ。確かにあれなら喉を刺激することもなく、食べやすいはずだ。
「はい! ありがとうございます! ……あの、おいくらですか」
「オー、私ハラキルヨ」
 財布を取り出そうとした三好を制止し、サイモンはニコニコと笑った。どうやら自腹を切る、と言いたいらしい。
「次オナカスイタ時、ハラ十二分目マデ寿司食エバイイヨ!」
「それ、俺の腹が切れてるし完全に元取ってるから。でもありがとう、サイモン、デニスさん」
 三好は苦笑しながら袋を受け取り、先を急いだ。予想以上に時間が経っている。そろそろ杏里の買い物も終わった頃だろう。早く合流して帝人から荷物を受け取らなくては。さすがに新羅やセルティに会わせるわけにはいかないだろう。
「――ほらぁ、やっぱりヨシプーだよ! おーい!」
 杏里に状況を尋ねるメールをした直後、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「狩沢さん!」
 いや、狩沢だけではない。見慣れたワゴン車には、見知った四人組が乗っていた。
「急いでんなら乗っていきなよー?」
 窓から手を振る狩沢の声と、メールの着信音が重なる。
 杏里と帝人は既に買い物を終えて歩いているところらしい。適当なところで帝人と別れるつもりだろう。そうなれば、杏里が一人で重い荷物を運ぶことになってしまう。それでは自分がついてきた意味が無い。急いだ方がよさそうだ。
「お願いします!」
 三好は狩沢の提案を有り難く受け、ワゴン車の後部座席に乗り込んだ。



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