――三好君……。
 ぎゅっと携帯電話を握りしめ、杏里は溜め息を吐いた。
 先程三好と分かれてからもう二十分が経過している。あの「知り合い」という男と話し込んでいるにしても長すぎるだろう。第一、三好はそんな時に自分から連絡してくる性格だ。
「園原さん?」
 オロオロ狼狽する杏里に救いの声。
「竜ヶ峰君」
 その主は竜ヶ峰帝人。三好、杏里と同じクラスの友人だ。正臣とは古くからの付き合いだと聞いている。
「あー、えーっと……」
 不安げに歪んだ杏里の顔に、帝人が杏里以上に慌ててしまう。帝人が杏里に好意を持っているのは誰の目にも明らかだった。
 それでもなんとか杏里を安心させてやろうと、帝人は自分をも落ち着けるように口を開く。
「実は、三好君から伝言を預かってて」
「え!?」
 三好からの伝言、という言葉に杏里がパッと顔を上げる。
 何故メールではなく、帝人に言付けたのか。疑問はあるが今は三好の心配が先だ。
 そんな杏里に若干複雑な思いを抱きながら、帝人は三好に言われたことをそのまま伝えた。
『しばらく行けそうに無い。悪いけど、帝人と買い物しててよ。買うものは伝えてあるから。後から直接行くよ』
 帝人はどうやら、二人の知り合いが寝込んだことや作る料理について聞いているらしい。
 三好があえて帝人を呼んだのは、彼の好意を知ってのことだろう。
「でも、お時間を取らせてしまいますし、買い物なら私一人でも……」
 しかし、杏里はバッサリとそれをぶったぎった。単純に杏里は帝人に気を遣ったのだろうが、まるで嫌われているようにも思える。
「ううん、僕も夕飯の買い物したいから! ついでだと思って!」
「……そういうことだったら、一緒に見てくれますか?」
 それでも帝人はなんとか杏里の説得に成功した。
 意中の相手と買い物が出来ることになり、帝人は心の底から三好に感謝する。と、同時に電話をかけてきた三好の心配も。
――『……そういうわけで帝人、悪いけど頼んだ。俺のことは心配しないでって園原さんに……ちょ、うわああっ!?』
 三好の叫び声を最後に電話は切れてしまった。いや、正解にはその後の何かが落下したような轟音が最後だったか。とにかく三好の身に何かがあったことは確かだ。
 帝人は手の中の携帯電話に視線を落とす。
 画面にはダラーズのサイト。そしてそこに表示された最新の書き込みは一言。
『平和島静雄が暴れてる』。



「……どうしてこうなった」
 三好の口から思わずネットスラングが飛び出す。それほどには「どうしてこうなった」な状況だった。
 何故なら三好は、息を切らせて全力疾走しているからだ。
「何か言ってる暇があるなら走りなよ、ほら!」
 ――それも、別れたはずの折原臨也と一緒に。
「臨也さんがっ……離してくれたら、済むことなんですけど……!」
「それはお断りだ。俺も命が惜しいからね」
 そう言って余裕の笑みを浮かべながら斜め前を走る臨也を、三好は恨めしげに睨んだ。
 三好は今、臨也に手を引っ張られて走っていた。理由は考えるまでもない。
「三好を離しやがれええっ!」
 非常識にも引っこ抜いた標識を片手に、平和島静雄が臨也を追いかけているからだ。
 静雄は三好のことを後輩として可愛がっている。臨也はそこに目をつけ、三好を盾に走っているのだ。
「やだよ。だって三好君を離したらさぁ、その瞬間にソレ投げてくる気なんでしょ?」
「あァぶん投げてやる! だからとっとと三好を返しやがれ、ノミ蟲!」
 二人はやはり日常茶飯事なのか、走りながらでも元気に罵りあいを続けている。三好もけして体力が無いわけではないが、早くも精神的にぐったり疲れていた。
 ああ、お姫様の手を引っ張って敵から逃げるゲームがあったなぁ……なんてことを三好は考えた。もっとも、自分が姫部分にあたるとは思いもよらなかったが。
 ――園原さんからどんどん離れていくなあ……。
 臨也は幸か不幸か、杏里が向かった方向とは逆の方向に走っている。三好が杏里と分かれて三十分。帝人がうまくやってくれていることを願うばかりだ。
「……っどこまで、走るんですか……!?」
「うーん、シズちゃんが諦めてくれたらいいんだけどね。なんなら君が説得してよ」
 早く杏里の元へ向かいたい三好を、他人事のように臨也はせせら笑う。後ろを振り向けば、静雄が鬼の形相で臨也を追っている。これはまだまだ離脱出来そうにない。
 どうしてこうなった、ともう一度呟いて、三好は手を引かれるまま必死に走った。



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