快く引き受けたものの、早速壁にぶち当たった。レシピがまったく思い付かないのだ。
 先程検索したところ、身体にいいらしい食材はいくつもリストアップ出来た。しかしそれを使って何を作れるのかというと話は別だ。
 三好も料理が出来ないわけではない。しかしそれは作り方の分かる簡単な料理に限る。冷蔵庫にあるもので適当作ることもあるが、そこに残っているものなんて大抵は決まっているので同じような調理法ばかりだ。何より、そうやって作ったものが病人の身体にいいとは思えない。
 せめてどんなものを作るか、それだけでも先に決めようと二人は本屋へ足を運んだ。これだけ大きな本屋なら、身体によさそうなレシピを集めた本も見つかるだろうという三好の判断だった。
「あれ……ヨシヨシじゃん!」
 一旦杏里と離れ、料理の本を見ていた三好に後ろから声をかける少年。振り向くとそこに立っていたのは同級生の紀田正臣だった。三好と同じクラスの竜ヶ峰帝人の親友で、三好をヨシヨシというあだ名で呼ぶ人物の一人だ。
「料理の本なんか見てるから他人の空似かと思ってさ。なになに? ヨシヨシって料理すんの?」
「いや、無理無理。たまにしかしないし、簡単なのしか出来ないよ」
 興味津々な正臣に、三好は苦笑を返す。
 転校してきた頃から二人は何かと馬が合う。三好が砕けた口調で一緒になってふざけ合うのは正臣くらいだろう。
 正臣はやけにニヤニヤと笑いながら、そこにあった料理雑誌を手に取った。
「へー、じゃやっぱり料理すんのは杏里かー」
「そうそう……って違う!」
「え、ちげーの? じゃエプロン姿の杏里と並んで料理かー。いいねえ新婚は」
「そうじゃなくて!」
 正臣の手にしていた『特集! 旦那様と作る新婚料理☆』の本を派手に奪いながら、三好は小声で叫んだ。
「なんでそこで園原さんが」
「さっき杏里にも会ってさ、三好君と料理の本見に来たーって言うから」
 ――そうだけど、そうじゃないんだって!
 三好は自分でも訳の分からないジェスチャーを交えながら、なんとか正臣の誤解を解こうと奮闘した。二人の共通の知り合いが寝込んでしまい、そのために何か栄養のあるものを作ることにした、と。
 転校してきたばかりの三好にも、友人の帝人が杏里に気があることは分かっていた。もし間違った形で伝わればきっと落ち込ませてしまうだろうという配慮から、三好は何もやましいことは無いと真顔で正臣に説明した。
 そんな三好の肩を叩きながら、正臣は腹を抱えて笑っている。もちろん正臣にもそんなことは最初から分かっているのだ。
「分かってるならいいけどさ……帝人には言うなよ、絶対言うなよ」
「それじゃ言えってフリじゃん!」
「いやほんとに。見てて可哀想になるから。面白いけど」
「分かってるって! ……てゆーかヨシヨシひでぇ」
 杏里にこれでもかというほどフラれる帝人を見るのは可哀想だが、見ているぶんにはなかなか面白い。二人はどよんと落ち込む帝人を想像し、笑った。
 一通り笑った後、せっかくだから聞いてみようと三好が話を切り出す。
「正臣は風邪ひいた時に何食べる?」
「俺ー? うーん、食べるってか食べたいもんならあるけど」
 ほうほう、と三好が食いつく。風邪をひいた時に食べたくなるものなら参考になるだろう。三好はすかさず携帯電話にメモを取る用意をした。
 それを確認した正臣はニッと笑い、妙に気合いの入ったガッツポーズを掲げながら叫んだ。
「そりゃあもちろん! 彼女の愛情たっぷり手作りのお粥ッ!」
 二人の周りに沈黙が流れた。
 ――さすがは正臣、そうきたか……。
 呆れながらも三好は、新羅に言われたことを思い出し口にしてみた。
「風邪ひいた時にはさ、タンパク質とビタミンがいいらしいけど……」
「そんなものは無い! でも愛がある!」
 うまいこと言ったつもりなのか、正臣は自信満々な顔だった。
 しかしなるほど、言われてみれば確かにそうかもしれないと三好は正臣のドヤ顔を見ながら思った。粥なら味付けはほとんど必要無いのでセルティでも作ることが出来るだろう。もっとも、セルティの作った料理なら新羅は毒でも食べるだろうが。
「あー……でも分かるかも」
「だろー!? さすがヨシヨシ、俺が認めただけのことはある!」
「確かに重要なのは料理そのものより愛情か。さすが正臣、俺が認めただけのことはある」
 正臣の言葉をそのまま返し、三好はたった今聞いたことを携帯電話に入力した。試しに検索をすれば、粥は思ったより様々なアレンジが可能らしい。野菜を足せばバランスが良くなりそうだ。
 頷く三好の反応をどう取ったのか、正臣は相変わらず持論を述べている。
「出来たてのお粥を彼女にフーフーしてもらうのは男の浪漫じゃね?」
 ――残念だけど、それは無理だな。
 三好はセルティの姿を思い浮かべながら、頭をかいた。しかしそれを差し引いてもセルティに粥を作ってもらえば新羅も元気が出るだろう。これは大きなヒントになる。
「ありがとう、じゃあ買い物行ってくるよ」
「おー、あんま遅くまで杏里つれ回したら帝人に言いつけちゃうぜっ」
「げ」
 三好は冗談を言い合いながら杏里に買い物に向かう旨をメールし、正臣と別れた。



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