同時の着信通知に、二人は顔を見合わせた。
 サブディスプレイに目をやればそこに書かれた名前も同じ。どうやら彼女は二人に同じメールを送信したらしい。
「三好君」
 隣を歩く少女、園原杏里の呼び掛けに少年――三好吉宗はコクリと頷く。
 本来ならば彼女とはここで別れてそれぞれの帰路につく予定だったが、どうやら行かなければならない場所が出来たらしい。
「行こう、園原さん」
 三好は曲がろうとした角から踵を返し、杏里と同じ方向へと歩いた。ちらりと杏里の顔を窺えば、その表情は心配の色を浮かべている。無理もないか、と三好は携帯電話のディスプレイ――先程届いたメールへと視線を落とした。
『新羅が大変なんだ。二人にしか頼めない、すぐにきて欲しい』
 差出人はセルティ・ストゥルルソン。この池袋で『首無しライダー』と呼ばれる都市伝説その人だった。



「――結論から言えば医者の不養生。同義語で紺屋の白袴、だね」
 開口一番にそう言った岸谷新羅の様子に、三好は思わず溜め息を吐いた。
 セルティの文面から三好は何かの抗争に巻き込まれたとか、自販機に潰されでもしたのかという想像をしていたのだが、現実はずっと楽観出来るものだった。
 端的に説明するならば、ただの風邪だ。
 新羅は医者である。正規の医者ではなく闇医者だが、とにかく医者である。その新羅が『風邪で寝込んだ』というのがセルティの言う『大変』だったらしい。二人は恋仲であることは周知の事実だったので、三好からするとこれは惚気の一種だとしか思えなかった。
 しかし、三好が呆れた理由はそれだけではない。
「あの……私達にしか頼めないことって何ですか?」
『新羅に何か身体に良いものを造ってあげようと思ったんだけど』
「うぅぅ……セルティから離れたら死ぬ〜……」
『……新羅がこの調子で』
 三好が呆れたのは、二人を出迎えた新羅の様子だ。
 確かに新羅は顔色が悪く、時折咳き込んでいて苦しそうではある。しかしその状態でも、その状態だからこそ、セルティに膝枕をしてもらった上に腰に抱きつくようにしてべったりとくっついているのだ。更に、離れると死ぬと喚く。セルティも苦しげな新羅に同情しているのか、いつもならすぐに引き剥がすようなスキンシップを甘んじて許していた。
 やはり、惚気か。
 三好はなんとも言えない気分で二人を一瞥した。お幸せに、としか言いようがない。
「……つまり、僕達に何か栄養のあるものを探してきて欲しい、と」
『うん、ごめんね。お願い出来る?』
 三好の方は特に問題は無い。しかし頷くには杏里が気がかりだ。今からだと辺りも暗くなってくる。そんな時間に女性を出歩かせるものではない。
「遅くなったら危ないんじゃないかな。やっぱり僕一人で行くよ」
「それは三好君も同じです。また急に何があるか分からないし……。いざという時も私がいれば三好君に危害は及ばないと思います」
 ――そうだった……。
 三好は以前目にした杏里の姿を思い出してみた。凛と刀を構えた杏里の姿。
 彼女の持つ能力に比べれば、三好は圧倒的に弱い一般人のそれだった。杏里の前では、三好は守られる側の存在なのだ。
 三好は男として複雑に感じながらも、杏里に従い一人で行くという言葉を撤回した。
「げほっ……幸い食欲はあるし、喉が痛くて飲み込めないってこともなさそうだ。そういう時はタンパク質とビタミンを摂るといいんだよ」
 新羅は自分の状態を正確に把握し、現在必要な栄養素を述べた。それが出来るならば最初から風邪などひかぬように体調管理をしていればいいのに、と思えて仕方がない。
「栄養とか考えるんだったら、出来合いより料理した方がいいですよね」
『そうだね……出来ればそれでお願い。あ、そうだ! 少し多めに買ってきて、二人も夕飯うちで食べて行ってよ! 帰ってから食べたら遅くなっちゃうだろうし』
「いいんですか?」
『もちろん。杏里ちゃんは?』
「迷惑じゃなければ……私も嬉しいです」
 セルティの提案に二人は頷く。杏里は独り暮らしをしているし、三好は両親が遅くまで帰って来ないことが多い。一人で食べるよりは美味しい夕飯が食べられるに違いない。
「私に出来ることならお手伝いしますね」
『ありがとう! 料理は嫌いじゃないんだけど、実は味はあんまり自信なくって……』
 せっかくだからと名乗り出た杏里に、セルティが頭をかくような仕草を返した。
 ――自信が無い?
 三好は首を傾げる。セルティはどちらかというと料理が得意そうなイメージがあったからだ。
 ――いや、待てよ……。
 しかし勘のいい三好はすぐに気付いた。セルティには首が無い。ということは料理を味見出来ないのだ。なるほど、そういうことならますます自分達がしっかり手伝うべきだろう。
 そこで、三好の脳裏に閃きが走る。
 味見の出来ないセルティ。そしてそれを手伝う杏里は電子レンジを爆発させるような料理の腕前だ。
 ――僕が頑張らないと、新羅さんがやばい……!
「ぼ、僕も手伝います! 簡単な料理なら出来るし!」
 結論に辿り着くと同時に、三好はすぐさま杏里に同調した。三好がやらなければ、二重の意味でまずいことになるだろう。
『ほんとに? ありがとう』
 セルティは妙に乗り気な三好を不思議に思ったようだが、そんなことを気にしてはいられない。簡単に調理でき、二人が新羅を悪化させない料理を考えなければ。
「ほ、ほら、行こう園原さん」
「は……はい」
 三好は携帯電話を片手に杏里を急かす。ディスプレイの検索窓に『風邪 簡単 料理』と入力しながら。



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