たまたま立ち寄った百均で、トムさんが菓子を買ってくれることになった。



スポロ乳酸菌が一億個



小腹が空いたとのことで、トムさんはビスケットの袋を手にとっている。
その値段を見て、少し考えてから、トムさんは言った。

「三つで百円だから、一個ずつやるよ。
好きな味どれだ?」

確かにビスケットの棚には『三個で百円!』と書かれている。
トムさんは一個だけ買うつもりだったらしい。

「どもっす」
「感謝します」

トムさんの言葉に甘え、俺とヴァローナは早速いろんな味のクリームの挟まれたビスケットを物色した。
顔には出てないが、ヴァローナはどことなく嬉しそうな気がする。
ビスケットが興味深いのか、甘党だからなのか、どっちもなのか知らねえけど。

「…………」
「ん?」

そのヴァローナの手が、ビスケットを手にした途端ぴたっと止まった。
真剣に袋を睨んで……いや、見てるだけなのか?

「疑問が発生しました」

えらくマジな顔をこっちに向け、ヴァローナは口を開いた。
どうしたんだ、と俺は聞き返す。

「この食品は、美味であると同時に、身体強化の効用がある。
肯定しますか?」

――は?
俺とトムさんは同時に首を傾げた。
ヴァローナはもう一度同じ言葉を繰り返し、俺の眼前に菓子の袋を突きつけてくる。
子供の顔が描かれたパッケージの横に、問題の一文があった。

『おいしくて つよくなる』

……確かに書いてあった。
美味いか不味いかで言えば、多分美味い部類だろうからそれはいい。
しかしこの『つよくなる』ってのがどうも分からねえ。
強くなる向きもレベルも曖昧だ。

「トムさん、これってマジなんすかね」
「身体が丈夫になるくらいはあるかもなぁ」

でもお前らじゃ食っても無駄だと思う、とトムさんは頭をかいた。
けど栄養があるのには違いねえだろ、多分。

「了解しました」

俺と同じことを考えたらしいヴァローナが、こくりと頷いた。
そこでやっと納得したのか、選ぶのを再開する。
俺とトムさんがさっさと味を選ぶと、ヴァローナは慌てたようにパッケージと俺達を交互に見た。
その目はかなり困っているように見える。

「選択に困難を極めます」

俺はもう一度ハテナマークを浮かべた。
なんで選ぶのが困難なんだ?
トムさんは言いたいことが伝わったらしく、笑顔を浮かべている。

「じゃ、三つ違う味にして交換すりゃいいべ?
静雄もそれでいいか?」

ああ、味のことか。
多分食いたい味が多すぎて選べないんだろう。
やっと分かった俺は「うす」と頷く。
結局俺はイチゴ味、トムさんは普通のやつ、ヴァローナはハチミツリンゴ味を選んだ。
レジを通して早速袋を開け、中身をいくつか交換する。
と、急にトムさんに仕事の電話がかかってきた。
トムさんが電話してる間に、ビスケットを順番に味わい、ヴァローナは俺の手にあるビスケットに視線を移した。

「先輩、もうひとつ交換することを要求します」
「イチゴ味気に入ったのか?」
「肯定」
「じゃあ、残り全部やるよ」

気に入ったならよかった。
俺は気前よく袋の残りを全部ヴァローナにやった。
可愛い後輩の為だ、それくらいしてやって当然だろう。

「感謝します」
「いいって、元はトムさんが買ってくれたんだから、礼はトムさんに言っとけよ」

ヴァローナは電話中のトムさんにも小声で礼を言い、もぐもぐとイチゴ味のクリームが挟まったビスケットを口に運んだ。
よっぽど気に入ったらしい。

「はい、どうも……明日の仕事の電話だったわ」

丁度トムさんの電話も終わったらしい。
電話を切ったトムさんが手帳を取り出す。
『明日の仕事』のメモだろうか。
そこでトムさんがペンでこめかみの辺りをかきながら言った。

「悪い、静雄。
明日って何日だっけ?」
「確か三月のー……十五日っすよ」
「そうか、サンキュ。
ほい」

これお礼な、とトムさんが俺にくれたのは例のビスケットだった。
多分俺がヴァローナに全部あげてしまったからだろう。
トムさんがビスケットの最後の一個を食べながら、何かをメモり始める。
俺はせっかくトムさんがくれたのだからと、たった一枚のビスケットを大事にちびちび食った。
隣でヴァローナがひとつひとつ味わうようにして、イチゴ味のビスケットを美味そうに食ってる。

「えーと、今日は次んとこで終わりだな」
「うっす」
「了解しました」

ちなみにこの後行ったとこもあっさりと終了し、いつもより早く帰れることになる。
今日はそんな比較的、平和な一日だった。



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