突然の電話。
それは僕のよく知る――この世で一番愛している人間からのものだった。
僕は友人達との会話を中断し、唇に人差し指を当てて「静かに」というポーズをしてから電話を取る。

『やあ三好君』
「こんにちは、臨也さん」

「誰々?」と友人達が騒いだので、僕はもう一度同じポーズをした。
どうやら今の声が向こうにも聞こえていたらしい。
電話の向こうで臨也さんは可笑しそうに笑った。

『女の子の声がしたけど、デート中だったかな?』
「大丈夫です、問題ありません」

僕の台詞がネットで有名なものだったからだろう。
友人達がクスクス笑った。
それをスルーし、僕は臨也さんに要件を催促する。

「で、何の用ですか?」
『――名探偵の三好君に問題です。
今日が何の日か分かるかな?』
「は?」

僕は思わず首を傾げた。
電話の向こうにも僕がそうしたのが伝わったのか、臨也さんが同じ言葉を繰り返す。

『だから、三好君。
今日は何の日だか分かる?』
「何の日って……」

僕は携帯電話の液晶を確認する。
その表示によると今日は5月4日だ。
僕は首を傾げたまま思案する。
今日が何の日か。
……いや、考えるまでも無かったな。
僕はクスリと笑い、淀みなく、歪みなく、電話の向こうの想い人の質問に答えた。

「何の日って、スパコミの二日目に決まってるじゃないですか」

電話の向こうのずっこける音と、狩沢さんの呼ぶ声が重なった。



ビッグサイトなう



「ヨシプー、早くしないと着替え間に合わないよー?」
「それが臨也さんからの電話で……」
「イザイザから?」

既に着替えの終わった狩沢さんに頭を下げ、僕は携帯電話を肩で挟みながら服の入った鞄を手にする。
狩沢さんの友人から、コスプレをして売り子をすることを条件にサークルチケットを譲ってもらったのだ。
早く着替えて大手の列に並びに行かなければならない。
あれは戦争だ。

「で、それがどうかしたんですか?」
『……じゃあ三好君は、今頃会場に行ったり列に並んだり忙しいわけだね』

分かってるならもういいじゃないか、とは言わないでおいた。
そう、僕は忙しいのだ。
着替えたり並んだり買ったり読んだり売ったり、とにかく忙しい。
一秒だって無駄に出来ない。

「そうですけど」
『ふぅん……』

臨也さんは何となく引っ掛かる返事をした。
もう切りますよ、とは言いづらい雰囲気。

「ヨシヨシ君、さっきから誰と電話してるの?
早く行かないとかなり並ぶんじゃない?」
「あ、はい」

件の狩沢さんの友人に話しかけられ、僕は反射的に振り向いた。
電話がカシャンと床に落ち、慌てて拾い上げる。

『……やっぱり俺はお邪魔みたいだね』

再び電話を耳に当てると、どことなく不機嫌な声がした。
拗ねたのだろうか。
意外とめんどくさい人だ、ああもう。

「分かりました、白状します」

僕は半ば自棄になって強い口調で言った。
何事かと狩沢さん達が僕を見てくる。

「夜に行くつもりだったんですよ。
プレゼントも買ってあったし、明日は休みだし、そのまま泊まっていこうか……とか考えてたのに……」
『えっ……』

僕が溜め息をついてみせると、臨也さんが明らかに言葉に詰まった。
友人達もざわめき始める。
まあ、それはそうだろうが。

「今日は臨也さんの誕生日、でしょう?
分かってますよそれくらい」
『あ……』

一体僕を何だと思ってるんですか。
僕ががっかりした調子で告げると、臨也さんはますます狼狽した。
しかしそれを取り繕うように、すぐに臨也さんはいつもの調子で笑う。

『……あ、ああ。
なんだ、ちゃんと知ってたんだね』
「知ってますし、忘れてたわけでもないです。
ずっと前から用意してたんだから」
『へえ、君が俺のために?
それは期待出来るなあ』

期待されても困る。
高校生に用意出来るプレゼントなんてたかが知れてるんだから。
それを分かった上で言ってるんだろうけど。
……嫌味だなあ。
僕は少しムッとして、わざと声量を上げて言った。

「誕生日に僕と過ごしたいとか、誕生日を忘れてないか心配するとか。
結構可愛いところもあるんですね!」

臨也さんの反論が聞こえたけど、僕は無視した。
ふと周りを見ると、明らかに目をキラキラさせた女性ばかり。
いやギラギラの方が正しいかもしれない。
特に僕と臨也さんを知る狩沢さんのwktk具合は異常だった。
もしかしたらこの会話が次のイベントの新刊になってるかもしれない。
いくら臨也さんでもまさか自分がネタにされてるとは思わないだろう。
僕は少々哀れに思いながら「はいはい分かりました」と臨也さんの反論をぶったぎった。

「ねえ臨也さん」
『何?』

僕はすうっと息を吸う。
そして笑顔を浮かべながら、はっきりと電話の向こうへ伝えた。

「愛してますよ」
『なっ……!』
「それじゃ、また夜に。
……寝かせませんよ?」
『三好く、』

友人達からの黄色い声を浴びながら、僕は一方的に電話を切った。
さっさと着替えて並びに行かなければ。
神サークルの新刊が出てるし、今回は無料配布本も付いてくる。
いつもより人が多いだろう。
会場の外まで列が伸びるかもしれない。

「ヨシヨシ君っ!
寝かせないって何するの!?
まさかナニするの!?」
「ヨシっちkwsk!
超kwsk!」
「決まってるじゃないですか、モンハンですよ」

僕は鼻息荒く食いついてきた友人達に笑顔で答えながら、コスプレ衣装を手に更衣室に向かった。



Back Home