スマホを見て溜め息を吐いた。
父さんと母さんから、それぞれ帰りが遅くなる旨のメールが入っていた。
それは珍しいことじゃない。
父さんと母さんが忙しいのなんていつものことだ。

――でも今日くらいは早く帰ってきて欲しかったなぁ……。

高校生にもなって、子供っぽいと自分でも思う。
それでも溜め息を吐かずにはいられない。
今日は僕の誕生日だ。



どうせ誰もいないと分かっている家に向かうのは憂鬱だ。
こんなことなら、放課後に池袋で遊んでから帰ればよかった。
まだ引っ越してきたばかりなので僕の誕生日は誰も知らない。
自分から言うのも、なんだか図々しい。
……だけど、こんな気分になるなら帝人や正臣にでも言った方がよかったかもしれない。
あっさり帰り道で別れたことを少し後悔した。

――……?

スマホを見ていたせいか、顔を上げるまで気付かなかった。
自宅の前に宅配便のトラックが停まっている。
そこから降りた人もこちらに気付いたようで、僕に近付いてきた。

「すみません、三好さんのお宅はどちらですか?」

宅配便の運転手が頭を下げる。
引っ越してすぐだから、迷っていたのかもしれない。
うちが三好だと、僕は運転手に伝えた。

「丁度よかった。
三好さん宛に荷物が届いているんです」

運転手が荷物を差し出す。
菓子折りと、花束だった。
運転手が言った宛名は父さんと母さんのものだった。
引っ越し祝いか何かだろうか。
僕は代わりにサインをして、荷物を受け取る。
それにしても大きな花束だ。
差出人は父さんか母さんの仕事の関係者かもしれない。

――……えっ?

一応確認しておこうと伝票を見て、僕は花束を落としそうになった。
そこに書かれていた差出人。
その珍しい名前は確かにこの池袋で出会ったばかりのものだった。



「やあ、思ったより早かったね」

家にひとまず花束と菓子折りを置き、僕は駅までUターンした。
電車に乗って向かった先は新宿。
僕が訪ねてくると確信していたかのように、家の主はケーキを用意して待っていた。
そんなものを食べる気は起きない。
僕は単刀直入に聞いた。

「どういうつもりですか、臨也さん」
「あれ、ケーキは嫌いだったかな?」
「とぼけないで下さい」

僕はさっきの伝票を机に置いた。
差出人には折原臨也と書かれている。
僕の向かいに座った臨也さんは、なにも言わずに笑みを浮かべている。
僕が喋るのを待っているようだ。

「どうして臨也さんが僕の両親にあんなものを贈るんですか」

この人は普通の人とは違うと、初めて会った時から感じていた。
そんな相手を両親に近付けるのはあまり思わしくない。
花束も菓子折りも、自分の部屋に隠してある。
臨也さんの返答次第では、見つからないうちに処分することになるだろう。

「――あぁ、ごめんごめん。
大事なことをすっかり忘れてたよ」

臨也さんはニヤニヤ笑いながら席を立った。
忘れてたってなにを?
思わず身構えたが、臨也さんは意外にすぐ戻ってきた。
警戒する僕を見て笑っているのかもしれない。

「はい」

一口も食べていないケーキに、臨也さんが何かを刺す。
ショートケーキに一本立っている細くて短いカラフルな棒。
……ロウソクみたいだ。

「……なんですか?」

理解出来ないでいる僕の反応を楽しむように、臨也さんは口を開いた。

「やだなぁ三好君。
なにって、見ての通りロウソクに決まってるじゃないか。
今日は君の誕生日だろう?
そのお祝いだよ」

その言葉に、思わず身体が強張る。
この人はなんでそれを知ってるんだ。
こっちに引っ越してきてから、まだ誰にも言っていないはずなのに。

「……なんで知ってるんだ、って顔だね。
舐めてもらっちゃ困るなぁ。
俺ほどの情報屋が、その程度のことを知らないと思った?」

一体どこをどうやって調べたんだろう。
そういえば住所も両親の名前も知られてるんだった。
警戒する僕をからかうような口振りで臨也さんは笑った。

「そんな顔しないでよ、俺は君の誕生日を祝いたいだけなんだからさ」

僕の誕生日を?
聞き返すと、臨也さんはにっこり笑って頷いた。
じゃあどうして僕じゃなく、両親に花束と菓子折りを贈ってきたんだ。
僕が聞き返すと、臨也さんはおかしそうに笑った。

「ねえ三好君。
その答えは君の中でもう出てるんじゃないの?
君の推理を聞きたいなぁ」

今度は居た堪れなくなった。
確かに僕の中にはひとつ、予想があった。
だけどまさかそれは無いだろう、と無かったことにしたものだ。
臨也さんはそれを言えという。
言えるわけがない、こんな自惚れたこと。

「まあいいや、先に答えあわせをしようか」

臨也さんはまた席を立った。
何か次の嫌がらせアイテムを持ってくるのだろうか。

「!」

僕の予想は外れた。
後頭部に重みを感じる。
臨也さんは後ろに回って、ソファー越しに僕を抱き締めていた。
再び身体を固くすると、臨也さんが今までとは違う声で喋り始めた。

「いいかい、三好君。
俺は人間が大好きなんだ。
その中でも君は、特に面白いよ。
いつも俺の想像を越えた動きをする。
だから俺は、君が好きだ。
だから俺は、君をそう育てた、君にその能力を授けた、君を産んだご両親が好きだ。
そんな君のご両親に、俺が感謝の気持ちを表すのがおかしいと思う?」

笑っているような、泣いているような、いつもとは違う胸が締め付けられるような声。

「以上が理由だ。
どうだい、君の推理通りだっただろう?」

自嘲するように臨也さんが言った。
僕は黙って頷く。
心臓がばくばく言ってるのは、回された腕に伝わってしまっているだろう。

「ねえ三好君。
俺は全ての人間を愛しているけど、こうまで思うのは君だけだよ。
生まれてきてくれてありがとう」

引っ越してきてまだ一ヶ月だけど、臨也さんがどういう人かは理解していた。
臨也さんが他の人間には、きっとそんなことを言わないということも。
もう何も言えなくなって、僕は回された腕に手を重ねた。



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