「欲しいんですか、それ?」

俺が持っている物を覗き込み、PJは棚から同じ物を手に取った。
クリスマスツリーに吊すオーナメントだ。
綿を丸めてくっつけただけの、安っぽい作り。
飾るツリーも無いのに買ってどうするんだ、と俺は首を横に振った。
まあ確かに、と奴も同意する。
どうせ絵を描くならこんな綿より、雪で出来た本物を描く方が楽しいに違いない。

「でもほら、いろんなのがありますよ」

PJは棚から順番に雪だるまのオーナメントを手に取り、しげしげと見つめている。
この辺りは雪だるまのコーナーらしい。
様々な雪だるまが並んでいる。
マフラーや帽子を着たやつや、表情の違うやつ。
よくもこんなに種類を作ったもんだ。

「あっ!」

反対の棚の前で、PJが声をあげた。
サイファーこっちこっち、と棚の向こうで手を振っている。
どうせ反対側も雪だるまのコーナーだが、一応見に行ってやる。

「これ!これ可愛くないですか!?」

PJは雪だるまの頭に付いた紐を摘んで、俺の方へと差し出した。
それは実に可愛げの無い雪だるまだった。
口をへの字に曲げ、仏頂面をしている。
目もなんだか荒んでいる。
手には「メリークリスマス」と書かれたスケッチブックを持っている……。
そこで俺は、PJをスケッチブックで殴った。
ぎゃっ、とPJが間抜けな悲鳴をあげる。
殴られるのは承知で差し出したんじゃないのか。

「殴ることないでしょう……。
これ超可愛くないっすか?」

超可愛くない。
どこを見て可愛いと言ってるのかがさっぱり分からない。
仏頂面なんて見飽きてるだろうに。
俺がそう書くと、PJはヘラヘラ笑って雪だるまをつついた。

「だから可愛いんじゃないですか。
ほら、この口なんかサイファーにそっくりで」

確信犯か。
心底イラッときたので、俺はもう一度PJを殴った。
今度は角だ。

『つまりお前には、俺がこんな憎たらしい仏頂面に見えてるわけか』
「いや、違いますって!
だから可愛いって言ってるじゃないですか!」

PJは弁解のつもりらしいが、そっちの方がますます気に食わない。
可愛いなんて言われて誰が喜ぶんだ。
女じゃあるまいし。

「あ、じゃあこっちは!?」

そう言ってPJが隣の雪だるまをぶら下げる。
逆三角形の口で笑っている雪だるまだ。
顔の右上にちょこんと付いた赤い飾りはヘアピンのつもりだろうか。
――似てる、PJに。
素直に感心した。
でもそれを買ってどうするんだ。
使い道はあるのか。
俺の言葉に、PJは苦笑しながら何か唸った。

『無駄遣いするな、行くぞ』

これ以上言っても無駄な気がしたので、俺は一方的に会話を終わらせて扉の方へ歩いた。
扉を開けて、慌てて閉めた。

「どうしたんですか?」

真っ直ぐ外に出ようとした俺が立ち止まっているのが気になったのだろう。
扉に何かあったのかとPJが開け、俺と同じように閉めた。

「めちゃくちゃ吹雪いてますね……」

俺は思わず溜め息を吐いた。
外はホワイトクリスマス、なんて生易しいものじゃない吹雪だった。
今外に出たら恐ろしいことになるだろう。
もう少しマシになるまでこの店で立ち往生だ。
となれば何か買うしかない。
俺とは反対に、PJのテンションが目に見えて上がった。
雪が降るとそわそわする気持ちは分からなくもないが、この吹雪は別だろう。

「これって絶対積もりますよね!」
『だろうな』
「じゃ、雪だるま作りましょうよ!」

PJの目がキラキラと輝いている。
確かに雪だるまなら無駄遣いにならないし、溶けるから荷物にもならない。
多分そういうことを言いたいんだろう。

「ほら、さっきの雪だるまみたいなのとか!」

…………。
返答がすぐには思いつかなかった。
こいつの馬鹿さ加減に呆れたからだ。

『やだよ』
「え!?
な、なんでですか?
手が冷えるから、とか……」
『それもあるが』

なんだ、分かってるくせに言ったのか。
でも俺が言いたいのはそれじゃない。
いや、それだけにしとけばよかったかも。
俺は続きを言おうか、少し迷った。
言ったって仕方ない。
こいつも呆れるに違いない。
けど言わなきゃ雪だるまを作るだろう。
俺はぐっとペンを握った。

『雪だるまは溶けるだろ』

ああ、何言ってるんだろう。
PJの表情が目に見えて曇っていく。
こいつがいつもテンション高いのは、性格もあるだろうけど、大体俺のせいだ。
俺が落ち込む暇が無いように、テンション上げて無理やり引っ張ってくれる。
それは分かってるし、感謝もしてる。
だけど俺はそれに甘え過ぎてるのかもしれない。
今だって俺のせいでこいつまで暗い顔してるし……。

「えっと……」
「……?」

PJが頭をかくなり、真剣な顔をした。
怒っているのとはちょっと違う。
そこで素直に謝ればいいのに、俺は黙ってPJを見てるだけだった。

「安心して下さい。
俺はどこにも行きませんから」

……は?
俺はおそらく、間抜けな顔をした。
奴の顔は逆に真剣そのものだ。
それがなんだか似合わなくて、俺は失笑した。

「なっ!?
なんで笑うんですか!
俺は真剣なんですよ!」

俺がいきなり笑い出したので、PJが慌てふためいた。
こっちの方が奴らしくていいな。
馬鹿に真剣な顔は似合わない。
にしてもこんな馬鹿が「どこにも行かない」?
四六時中くっついて来るってことか?
うぜえけど、それはそれで楽しそうかな。

「……サイファー?」

PJが妙に心配そうな声で呼ぶので、俺は何事かと顔を上げた。
なんだか景色がぼやけてよく見えない。
目をこすろうとすると、何故か手が濡れた。
……あれ?
なんだこれ。

「すいません、なんて言ったらいいのか分からないんですけど……泣かないで下さい」

泣いてるって、俺がか?
聞こうとしたけど声は出ないし、文字も上手く書けなかったので諦めた。
ああそうだ、多分笑いすぎたからだ。
うん、そうに違い無い。
俺は顔を袖でごしごし拭いて、窓の方へ歩いた。
外はやっぱり吹雪だった。
まだまだ止みそうにない。
PJの希望通り、どっさり積もりそうだ。

『雪だるま買ってこい』

俺がスケッチブックに書くと、PJがきょとんとした顔で文字を追った。
確かにちょっと分かりづらい文かもしれない。
書くのが面倒くさいから、これで察して欲しかったんだが。

『もうしばらくここにいるんだ。
何か買わなきゃ悪いだろ。
だから欲しがってた雪だるまでもいいし、なんでもいいから買ってこい』

きっちり全文を書いてやっとPJは理解したようだ。
じゃあ、と棚から例の仏頂面雪だるまを取る。
そのままレジに向かおうとするPJの肩を、俺は掴んだ。

『もう一匹買ってやれよ、一匹じゃ可哀想だ』

俺はそう書いたスケッチブックを見せながら、PJの手にもう一つ雪だるまを握らせた。

「あの、いいんですか?
さっき無駄遣いするなって……」
『これは無駄遣いじゃない、必要経費だ』
「はは、なんですかそれ。
……っていうか雪だるまって一匹二匹って数えるんすかね?」
『知らん』

PJがなんだかほっとしたような顔をする。
多分俺が泣き止んだからだろう。
いや、元から泣いてないけど。

「じゃあ買ってきますね」

PJが雪だるまを手に嬉しそうに笑う。
あまりにも嬉しそうだから、こっちまでつられて笑ってしまう。
そんなに嬉しいもんなんだろうか。
……それとも、俺を元気づけるために笑ってるんだろうか。

「ありがとな」

俺はなんとか声を出した。
しかし小さい上に掠れた声だったので、とてつもなく聞き取りづらかった。
ちゃんと伝わったかとPJを見ると、ぽかんと口を開けている。

「あっ……は、はい!」

やけに挙動不審なのが気になるが、伝わったならいいか。
俺は咳払いをして、スケッチブックを見た。
喋ったのは久しぶりだったからだ。

「じゃあ、買ってきますから、ここで待ってて下さいね。
俺いなくなったりしませんから、安心してちゃんとここで待ってて下さい!」

俺はガキか。
つっこむ前にPJはレジの方へ小走りで向かって行った。
一体奴は俺をなんだと思ってるんだろう。
まあ、心配してくれてるんだろうから、大人しく従おう。

「――お待たせしました!」

ってもう帰ってきた。
待ってないし早すぎるだろ。
呆れ果てている俺に、PJがにっこりと笑いかける。

「お願いしたらちょっとまけてくれましたよ。
はい、これ領収書」

どうやら俺が無駄遣い云々と言ったのを真に受けていたらしい。
そんなの口実に決まってるだろ、馬鹿。
そう思いながら一応領収書に目を通すと、確かにお買い得な値段になっていた。
そうまでしてこの雪だるまが欲しかったんだろうか。
雪だるま……うん?
てっきり「スノーマン」かと思った商品名が少し違ったので、俺はじっと商品名を凝視した。
「スノーバディ」。
……まさか、奴が欲しがった理由ってこれか?

「…………」
「どうですか!?
レジのおっちゃんが超いい人で、安くしてくれたんですよ!」

お気楽な奴だ、礼言って損した。
そう伝えようかと思ったけど、やめた。
あまりにもお気楽な馬鹿面で笑うから、色々馬鹿らしくなったからだ。
これが奴のすごいところ……かもしれない。
俺に有無を言わせず、勝手に引っ張ってくれる。
するとどういうわけか、こっちもそれでいいやって思ってしまう。
だからどれだけ迷っても、こいつがいれば迷わない。
たとえば何も無い白い世界でも、勝手に方向を決めて引っ張ってくんだろう。
多分きっと、何も見えないこんな雪の日には丁度いいお供だ。

『犬ぞりっぽいよな』
「えーと……何がですか?」
『なんでもねーよ』

早速PJは今買った雪だるまを鞄に付けていた。
仏頂面と、やたら笑ってる雪だるま。
なんとなく仏頂面が笑ってるように見えたので、俺はそいつを指ではじいた。



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