サイファーは本当にややこしい性格をしてると思う。
喋らないから意思疎通がちゃんと出来てるのかよく分からない、ってのもあるけど、そうじゃない。
どうもサイファーは俺にだけ違う態度をとったりするようだ。
欲しいか、と聞けば首を振る。
あげる、と言うといらないと返される。
何を遠慮することがあるのかよく分からないけど、サイファーはしょっちゅう俺から何か貰うのを断る。
そりゃあ甘い物は三回に一回くらい受け取ってくれるけど、例えばペンだとかスケッチブックだとか、そういう類いは絶対に貰ってくれない。
俺がうるさいくらい話しかけるから、その分スケッチブックの消費も早いはずだ。
だからそのスケッチブックを俺が用意するって言ってるのに、サイファーは構わないとかなんとか言って受け取ってくれない。
甘い物だって、三回に一回だけってことは、二回は受け取ってもらえないってことだ。
サイファーの甘党っぷりはみんなが知ってるし、そんなみんなからのプレゼントのプリンなんかは喜んで受け取ってる。
なかなか受け取ってもらえないのは、多分俺だけだ。

「サイファーちゃん、今日助けてもらったからプリンやるよ」

俺にとっては先輩のクロウ2が、そんなことを言いながらサイファーの前にプリンを置いた。

『いいのか?』
「そりゃあもちろん!
むしろこっちが『プリンなんかでいいのか?』って聞きたいくらいだぜ」

先輩の言葉にサイファーがぱっと笑顔になる。
プリンを食べてる時のサイファーは、本当に幸せそうだ。
基本的に仏頂面なサイファーが笑うのは、こういう時だけ。
会話の途中で笑ってくれることはあるけど、あれはまたちょっと違うっていうか。
とにかくサイファーは甘い物を食べてる時、一番嬉しそうな顔をする。
それが見たくて何かにつけて貢いでる人もいるとかいないとか。

「サイファーちゃんってプリン食ってる時が一番嬉しそうだよな」

先輩も同じことを思っていたらしい。
スプーンの先でプリンをつっついてるサイファーはやっぱり笑顔だ。
さてと、どうしよう。
俺は手に持ったプリンのカップを見つめた。

「あ」

そんな俺に先に気付いたのは先輩の方だった。
サイファーはプリンを一口食べて、それからやっと気付いたみたいに顔を上げた。

「あ、えーと」

先輩は俺の持っている物を見て「しまった」という顔をした。
俺がサイファーに渡そうとしていたのに気付いたらしい。
でもサイファーはやっぱり分かってないみたいで、椅子に置いていたスケッチブックに文字を書き始めた。

『お前もプリン食うのか』

その文章を読むなり先輩は口を押さえた。
笑いをこらえているらしい。

「いや……サイファーに渡そうと思ってた、んですけど」

俺はどう言おうか迷って、結局正直にそう言った。
サイファーが目を丸くする。
先輩は肩を震わせていた。

『いい。
お前が自分で食え』

ですよねー。
サイファーの文章に思わずため息が出た。
本当に、どうして受け取ってくれないんだろう。
先輩が「助けてもらったから」って渡したプリンは受け取るのに。
そんな理由で渡すなら俺は、それはもう大量のプリンをプレゼントしてもいいはずだ。
いちいちお礼してたらプリンで破産するかもしれないくらい助けてもらってるんだから。
でもサイファーはどれも受け取ってくれない。
その理由がさっぱり分からない。
多分黙ってても、サイファーには伝わらないだろう。
俺は正直に思ったことを口にした。
サイファーは怒ってるような困ってるような、微妙な顔だ。
先輩は……空気を読んで笑うまいとしているようだ。

――『もしもお前が、こいつと同じ理由で渡そうとしてるなら、俺は断る』

しばらくしてスケッチブックにはそんな文が書かれた。
こいつ、というのは先輩のことらしい。
どうして先輩はよくて俺は駄目なんですか。
そう反論しようとしたけど、それを遮ってサイファーは次の文章を書き始めた。

『お前は俺の部下だろ。
プリンじゃなくて働いて、俺を助けて返せばいい。
でもこいつとは違う隊だ。
今日一緒になったのもたまたまだから、助け返すのは無理だろ』

サイファーの書いた文章に、俺は押し黙った。
確かにそうですけど、と言いかけて、うまい反論が思い付かなかったからだ。

「でも……俺、貴方を助けられるなんて思えません」

俺はやっとの思いでそう言う。
サイファーが危ない時なんて見たこと無いし、はっきり言って俺がいなくても大丈夫のはずだ。
なのに助けて返せなんて、一生返せる気がしない。
……改めて自分の力の無さに落ち込んだ。

「ん」

うなだれている俺の前に、サイファーがスケッチブックを突き出した。
珍しく声付きだ。
俺が顔を上げなくて痺れを切らしたのかもしれない。
俺は顔を上げて文章を読んだ。
そして、意味が分からなくて何度も読み返す。

『お前はいるだけでいいんだよ』

スケッチブックに書かれていたのはそんな文章だった。

「え……あの、どういう意味……ですか?」

いるだけでいい?
いや、よくないでしょう。
早口でまくしたてると、サイファーはスケッチブックをパタンと閉じた。
そして――

「いっ!
……な、何するんですか!」

そして、俺の頭をスケッチブックで叩いた。
先輩が堪えきれずに笑い出す。
いつの間にかプリンを食べ終えていたサイファーは、そのまま席を立ってしまった。
俺の持ってるプリンに見向きもせずに。

「はぁっ!?
ちょっ……何なんですか!
待って下さいよ!」
「お前が待てってPJ」

思わず追いかけようとしたけど、何故か先輩に引き止められた。
サイファーも先輩も、一体なんだっていうんだろう。

「お前も馬鹿じゃないし、分かってるだろ?」

先輩は声を低くし、鋭い眼光を向けてきた。
……そりゃあ、確かに俺だって分かってる。
最近のサイファーがまた昔みたいな無表情になったこととか、無理してることとか。
だからこそ俺がなんとか元気付けようとしてるのに。
俺が口を尖らせると、先輩は俺の頭を小突いた。

「70点。
前半はまあ当たってるが、最後が違うな」

先輩はちょっと頭をかいてから、煙草をくわえた。
まるで空にいる時みたいな真剣な顔だ。
普段地上にいる時の明るいキャラとはかけ離れていて、先輩もしっくりこないようだ。

「なんていうか……今のあいつにそういうのは可哀想だろ。
俺達はいつも通り、余計な気を遣わずに、普通にしてるべきなんだよ。
士気にも関わるしな。
だから誰もなんも言わない。
サイファーも言わない。
それが一番いいんだよ。
……それによ、いるだけでいいってことは、だ。
逆に言うと、いてくれってことだと思うぜ。
サイファーの言うとおり、あいつが隣見たらお前がヘラヘラ笑ってるくらいなのがいいんじゃねえの」

先輩の話を、俺はただ黙って聞いていた。
確かに、先輩の言う通りかもしれない。
俺がサイファーに気を遣わせてどうするんだ。
ぐっと手に力を込めると、先輩はいつもの笑顔になって俺の肩を叩いた。

「まぁ、これから気を付けりゃ大丈夫だって。
サイファーだって気を遣ってくれてるの気付いてるし、感謝もしてるさ」
「そう……ですか?」
「おうよ」

俺は先輩の言葉に曖昧に頷いて、サイファーが歩いて行った方を見た。
きっと部屋で一人で何かやってるんだろう。
絵を描いてるのかもしれない。
部屋から出てきたら、先輩の言う通りにしてみよう。

「まあ、まだまだお子様のパディちゃんには難しいかもしれねーけどな!」

せっかく決意したのをまるで見透かしたように、先輩が豪快に笑った。
ついでに煙草の煙を吐きかけられて思わず咽せる。

「げほっ……止めて下さいよ、その子供みたいな呼び方」
「俺から見れば子供だもん」

だもん、じゃないでしょう。
思わず口元を引きつらせていると、それが目的だったらしい先輩は、腹を抱えて笑った。
さっきまでの態度はどこへやらだ。
先輩はどうも笑いのツボがおかしいらしく、しょっちゅうよく分からないことで笑っている。
余談だけど、真面目にしていれば案外イケメンだったり。

「まあサイファーちゃんも大概子供だけどな。
顔とか舌とか……ゲフッ!」

ぷぷっと笑ったかと思いきや、先輩はいきなり後頭部を押さえてうずくまった。
先輩の影には、さっき部屋へ戻ったはずのサイファーが立っていた。

「いつつ……盗み聞きはよくないぜサイファーちゃんよ」
『誰がガキだ』
「俺は客観的事実を述べただけだぜ。
つーかどうした、忘れもんか?」

どうやらスケッチブックの角で殴られたらしい先輩は、それでも懲りてないようだ。
しかし、なんでサイファーは戻ってきたんだろう。
俺が首を捻っていると、サイファーがこっちにスケッチブックを向けた。

『くれるんだろ』
「あ、え?」
『プリン』

思わず俺は間抜けな声を出しながら、そういや手に持ったままだったプリンを見た。
さっきサイファーにいらないと言われたやつだ。
自分で食べようかと思ったけど、サイファーが貰ってくれるならそれでいい。
俺はサイファーの気が変わらないうちにプリンを渡した。

『ありがとな』

サイファーはスケッチブックにそう書き殴るなり、プリンを抱えてそそくさと部屋へ帰っていった。
なんだかんだ言って、本当は食べたかったんじゃないですか。
複雑な気分だ。
それを先輩に言うと、先輩はまた爆笑した。

「そうですよねー。
初めから受け取ってくれればいいのに」

俺も同意し、苦笑を浮かべる。
すると先輩は一層笑って、何故か真顔になって答えた。

「いや、サイファーちゃんなりに謝ってるつもりじゃねーの。
ほんとお前らどっちもガキだわ」

…………。
やっぱり、サイファーはややこしい。
俺が思わずぽかんと口を開けたのを見て、先輩はまた笑った。



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