「ちょっとぉおっ!
オメガ11――っ!!」

基地中に響き渡る少女の叫び声。
その声の出所は格納庫だった。



勘違いしないでよ!ラプタソ>>あんたなんだからねっ!



「後ろ取られてミサイル撃たれたからイジェクトした!?
かわして後ろ取り返して撃ち落としなさいよそれくらい!」

怒鳴る度に揺れるウェーブのかかった長い金髪に、青いリボンがよく映える。
彼女はメビウス1。
巷で死神だとか悪魔だとか畏怖されているエースその人である。

「スイマセン……」

30センチは身長差があるにも関わらず、怒鳴られうなだれるオメガ11は少々情けなく、メビウス1よりも小さく見える。
かわして撃墜するなんて、そんなこと簡単に出来るわけないじゃないか。
オメガ11はぶつぶつと文句を言った。
まあ、確かに彼女なら可能かもしれないが。
というか可能だから畏怖されているのだ。
元エースの父の英才教育により弱冠二十歳の若さでエースパイロット、というエリート中のエリート。
誰も適わなかった黄色中隊の一人を、その若さで撃墜したというのだから実力は底が知れない。
経験を積めばまだまだ強くなるだろう。
ただちょっと口うるさいが。

「聞、い、て、る、の?」

背伸びをしたメビウス1にぐいっと耳を引っ張られ、オメガ11はぎゃっと悲鳴を上げた。
精一杯背伸びをしなければ届かないのが気に食わないのか、メビウス1は正座を命じる。
逆らうと怖いし長くなるし、何より階級は彼女の方が上なので、オメガ11は言われた通りにした。

「あんた、これでいくつダメにしたの?」

はあ、と溜め息をついて腕組みをするメビウス1。
それは、とオメガ11が答える前にメビウス1は再び大声を出した。

「ラプターよラプター!
あたしと父さんの愛機!
分かる?家族なのよあの子は。
あんたはいくつダメにしたの?」

う、とオメガ11は言葉に詰まった。
彼女の父には昔世話になった。
だからあの親子の思い入れも知っている。
自分も彼に憧れてラプターに乗ったのだ。
しかしどうもあの親子のようには飛べず、しょっちゅう敵に撃墜されてしまう。
そうしてラプターを無駄にしているのが、メビウス1には許せないらしい。
向いてないなら他のに乗りなさいよ、と言われたこともあるくらいだ。

「ラプターは最新鋭の機体だし、お金もかかるわ。
それなのにそうボンボン壊してたんじゃ、財政部も泣くわよ!」

仰る通りです、とオメガ11は頷いた。
言い返す言葉もない。
どうせ壊すなら安い機体の方がいいに決まっている。
上に他の機体を申請してみようか、とオメガ11は憂鬱な気分で考えた。

「……まあいいわ、それは置いといて……。
聞いて、オメガ11」

え、と顔を上げたオメガ11の目に、困ったような顔をしたメビウス1が映った。
メビウス1がひょい、としゃがんで再びオメガ11を見上げる形になる。

「ミサイルを撃ち込まれて墜落寸前までいこうと、戦闘空域ギリギリを逃げ回っていようと……。
最後まで空を飛んでたらそれが勝ちなのよ。
そりゃあ、終戦まで生き残れば勝ちだって考えも、そう言いながら脱出するのも
分かるけど、あたしはそうは思わない。
あたし達はパイロットなの、空を飛ぶためにいるの。
地上で勝利を叫びたいなら陸戦部隊にでも行けばいいわ。
けど、あたし達はパイロットだから、空で生き残って初めて胸を張って勝利だって言えるのよ。
……あたしの考え、分かる?」

早口でそう言って、メビウス1は溜め息をついた。
そして、真剣な顔でもう一度言う。

「あんたを負け犬にはしたくないの。
同じ臆病者なら空の上で逃げ回って、空で勝ちを宣言しなさい。
残った敵はあたしが倒すわ」

以上、行っていいわよ。
メビウス1が微笑みながら立ち上がった。
オメガ11は同じく立ち上がって敬礼し、格納庫を後にする。



「また怒鳴られてたんだって?」

ようやく解放されたオメガ11は他のパイロット達に合流するなり、そう言われた。
彼らは同じメビウス隊の仲間だ。
コールサインがバラバラなのは数の減った部隊をまとめた為である。
――要するに寄せ集めの部隊だが、全員が現メビウス1の父に世話になったという共通点があるために上手くまとまっている。
新人だったメビウス1をわざわざ隊長に置いたのも、彼女の父への恩を感じてのことだ。

「いや、今回はそこまで怒鳴られはしなかった」

怒鳴られたというよりは、諭されたと言うべきか。
オメガ11は先程メビウス1に言われたことを仲間達に伝えた。

「へえ、あのメビお嬢様がね」
「たまに凄いこと言うよな、メビのやつ」

メビウス隊のメンバー達は彼女を「メビ」と呼ぶ。
さすがに作戦中は「メビウス1」と呼ぶが、地上では堅苦しいのでいつもこうだった。
彼女のことは小さい頃から知ってるし、名前で呼んでもいいのだが、それは以前本人から「子供扱いしないで」と駄目出しされてしまったので現在に至った。
あの小さかったお嬢さんも成長したもんだ、と皆が感心する中で、一人だけ違う感想を述べた人物がいた。

「根に持ってたのか、あいつ」

彼はオメガ1――つまり、オメガ11の元隊長である。

「どういうことなんだ?」
「いや、それが……」

言っていいのだろうか、とオメガ1は一瞬躊躇った様子だったが、すぐに続きを話し始めた。

「実はオメガ11、お前を地上部隊が欲しがってたんだよ。
ほら、前に脱出した時に敵の地上部隊に囲まれてそいつら倒して逃げてきたことあっただろ。
それを聞いて『是非地上部隊に欲しい』とか言い出した奴らがいてさ」

ああそういえばそんなこともあったな、とオメガ11はぼんやりと思い出す。
パラシュートで無事に着陸したと思ったら、そこはまだ味方の制圧していない敵地。
あの時は銃とナイフだけでよく味方のところまで逃げ切れたものだ、とオメガ11はしみじみ思った。
もしかすると、それが目に止まったのかもしれない。

「ってことはこいつ異動になるのか?」
「そうはならなかった。
……メビが一喝してな、居合わせたスカイアイまで黙らせたよ。
当然俺も何も言えなかった」

え?
皆が一斉に首を傾げる。
確かに仮にも隊長のメビウス1が駄目だと言えば、その地上部隊も黙るだろう。
しかし、彼女は普段からオメガ11を怒鳴りつけていた。
ラプターを無駄にするなとか、他の機に乗れだとか。
言わば厄介払いが出来るのだからメビウス1には断る理由はないはずだ。
その場にいた全員が頭にクエスチョンマークを浮かべるが、オメガ1は首を振った。

「あの時は怖かったのなんのって。
『それは彼が空では役に立たないという意味ですか』って上官に食ってかかってさ」

怖ッ!さすが死神!と皆の心が一つになる。
本人の前で言えば殺されるだろうが。

「きっと地上部隊はメビのこと、世襲制の何も知らないお飾り隊長だってナメてたんだろう。
で、それで?」

オメガ11の隣に座っていたヴァイパー7が身を乗り出した。
彼女の才能と実力は父を遥かに凌駕するものだが、経験の少なさ故に隊長としての指揮力はまだ父には遠く及ばない。
それは本人を含め皆が認めるところだった。
オメガ11を引き抜こうとした地上部隊も同じことを考えていたのだろう。
しかし、彼女にはエリートとしてのプライドが溢れていたようだ。

『私も彼も同じパイロットです。
空を飛ぶことが誇りです。
それに対して地上部隊への転属を命じるのは、その誇りを踏みにじる行為であると私は考えます。
私と彼の誇りを守るために、その申し出はお受け出来ません』

そう言い放ち、非礼を詫びて敬礼した後、さっさと退出したという。
これには地上部隊の隊長も顔を青くして黙り込んでしまったらしい。

「エースのプライド……っていうか、なんていうか」

オメガ1は溜め息をついて言う。
メビさん超怖いんですけど、という雰囲気の中、オメガ11だけは口に手を当てて考え込んでいた。
メビウス1は、役に立たない自分を誇り高いパイロットだと、自分と同じだと言ってくれた。
すぐに撃墜されては地上で戦い、地上部隊の方が向いていると引き抜きまでされそうになった自分を。
先程彼女が言った「飛んでいろ」という言葉も、恐らくはそういう考えからきているのだろう。
オメガ11は嬉しくて堪らなくなった。
そうだ、自分は臆病者だがパイロットなのだ。
一回り以上年下の少女に彼はそれを教えられた。



「ちょっとあんた!
そこに正座しなさいっ!」

今日も格納庫からメビウス1の怒鳴り声が響いて来る。
正座させられているのは勿論、オメガ11だ。
その向こうでは整備兵達が「流石のラプターもこんな穴だらけじゃもう飛べないだろうなぁ」などと冷静に会話している。

「またあんたはラプター駄目にして!
いい加減にしないと本当に地上部隊送りにするわよ!」
「で、でも今日はイジェクトしてないし、最後まで飛んでたら勝ちだって言ったのお前だし……」
「問答無用!」

オメガ11は確かにメビウス1の言い付けを守って最後まで飛び続けた。
満身創痍になりながらも最後まで空にいたのだ。
メビウス1の言った通り、勝利する為に。
しかし、メビウス1はキッとオメガ11を睨み、その鼻先を指差して言う。

「それはそれ、これはこれ、よ!
確かにあたしは飛び続けたら勝ちだって言った。
けど、だからってラプターを壊していい理由にはならないわ!
次やったら本っ当に怒るからね!」

もう十分怒ってるだろ……。
言い返すと殴られそうなので言わないでおくが、毎度毎度怒鳴って、それが怒ってないと言えるのだろうか。

「……オメガ11、下向きなさい、下」

下?とオメガ11は聞き返す。
床以外に何かが見えるわけでもないだろうに。
仁王立ちしているメビウス1を見上げていたオメガ11は、訝しみながらも大人しく下を向いた。
間を置かずにその頭をポン、と叩かれる。
驚いて顔を上げようとしたが「動かないで」と言われ、大人しくしていることにした。

「ラプターをボロボロにしたのは許せないけど、脱出しないで機体を持ち帰ったのは進歩だわ。
もしかしたら使える部品が残ってるかもしれないし……。
いつものあんたならとっくに脱出して逃げてただろうけど、よく我慢したわね。
あんたに死なれちゃ困るの、これからもこの調子で頼むわね」

頭を撫で終えるとメビウス1はパンッとオメガ11の頭を叩き「よしっ!行っていいわよ!」と腕組みをした。

「あの、メビ」
「何?」
「お前にそんなことを言われたのは初めてだから、間違ってたら悪いんだが……」
「気持ち悪いわね、さっさと言いなさいよ」

メビウス1が苛立ったように貧乏揺すりを始める。
言って蹴られたりはしないだろうか、と警戒しつつ、オメガ11は口を開いた。

「もしかして、俺のこと心配してくれてるのか?」

メビウス1が以前に増して口うるさくなったのは、あの敵の地上部隊の包囲を命からがら突破した時以来だ。
それを聞いた彼女が心配して怒鳴るようになったのであれば、すべて納得がいく。

「なっ……!」

途端に、メビウス1は顔を真っ赤にして一歩後ずさった。
図星だったのだろうか。

「そ、そりゃあ心配してるけど……。
あんただけじゃないわよ!
隊員みんな心配なんだから!」
「じゃあ俺に死なれると困るというのは?」
「それは……っ!
あ、あたしの隊長歴に傷が付くって意味よ!
もういい、あたし部屋に戻るから!」

悔しさと恥ずかしさの入り混じったような表情で叫びながら、メビウス1はオメガ11の横を通り過ぎて行った。
オメガ11は敬礼するのも忘れてそれを見送る。
そうか、自分は心配されてるのか。
ならば必ず、空の上で終戦を見届けて勝利してやろう。

「……よし」

オメガ11は頷く。
次こそラプターを無傷で帰還させてやるんだ、と心に誓って。



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