「アーサー・ウィリアムさんですか?」

聞き覚えの無い名前に、俺は思わず家を間違えたかと確認した。
いや、確かにここは俺の家だ。
最近移り住んだばかりだが、間違えようが無い。
しかし何故か扉の前で妙に豪華なラッピングがされた箱を抱えながら、青年が帽子を取って微笑んでいる。
どうやら挙動不審な俺の態度には気付いていないようだ。

「パトリック・アルバートさんからお届け物です」

パトリック?
どこかで聞いた名だな、と俺は記憶を辿る。
少し考えて、俺の頭にはサイファーにくっ付いて回る鬱陶しい小僧の顔が浮かんで来た。

「……ああ……あいつか」

ファミリーネームは偽名のようだが、名からして間違い無くPJだ。
……そういえば「アーサー」はサイファーの偽名だったか。
もうサイファーが名前だと思って呼んでいるのですっかり忘れていた。
「嫌いだ」という理由でそこまで徹底して本名を使わないというのは逆に感心してしまう。
俺は礼を言って「アーサー」の代わりに箱を受け取った。
どうやらサイファーは出掛けているようだ。
丁度俺が帰ったからよかったものを、もし急ぎの物だったらどうするつもりだったんだろうか。
帰って来たら、荷物が来るなら家で待ってろ、とでも言ってやろう。
俺はそう決心し、部屋へと箱を運んだ。
箱はそれほど大きくはないが、少し重い。
中身が分からないので乱暴に扱うわけにもいかず、俺は慎重にそれを机の上に置いた。
PJがサイファーに送って来る物で思い付くのは仕事の書類くらいだ。
しかし書類なら箱では送って来ないだろう。
俺は箱を透視でもするように見つめて考える。
大きくはない箱だ、入る物は限られてくる。
そうだな、丁度あいつが買って来るケーキの箱くらいの――。

「……ケーキか?」

いや、ケーキやプリンじゃなくてもあいつの喜びそうな甘味全般なら有り得る。
しかし、何故わざわざそんな物をよこしたんだ?
さては喧嘩でもしたか?
それで機嫌取りに送って来たというのは有り得そうだ。

「ただいま」

俺が納得したところで、丁度サイファーが帰って来た。
さげているビニール袋からは馴染みのスケッチブックがはみ出している。
どうやら新しいのを買って来たらしい。

「お前にPJから何か来てるぞ」
「んー?」

俺が箱を指差すと、サイファーは怪訝な顔をした。
この反応、サイファーも何かが送られて来ることは知らなかったらしい。
何か送られてくるものがあっただろうか、とメモ帳に文字を書きながら記憶を辿っているようだ。

『一体なんだ?』
「さあな、見た目からして随分豪華なプレゼントらしいが」
『開けたら爆発するんじゃないだろうな』

散々なことを書いてはいるが、サイファーも箱の中身が気になっているに違いない。
早く中身が知りたいのか手のこんだラッピングを少々乱暴に剥がしていく。
これだけ綺麗に包んであるんだから少しは見てやったらどうだ。
そんな俺の言葉を聞き流して、サイファーは箱の蓋を開けた。

「……!」

中から現れた物に、サイファーは目を輝かせた。
俺にはこの黒いプリン型の物体が何かは分からなかったが、とりあえずこいつが喜ぶ物だということは確かだ。

「なあサイファー、これは何だ?」
「え……?」

俺の問いに、サイファーは眉をひそめた。
なんだその反応は。
知らないのか、とでも言いたそうな顔だ。

『プラム・プディング。
クリスマスプディングとかいう方が分かりやすいか?』
「要するにクリスマスケーキか」
『本当はブランデーかけて火つけてから食うんだが、うちには無いから諦めるか』

サイファーはケーキを温めている間に説明を書き始めた。
俺はケーキに興味が無いので適当に読んだが、どうやらドライフルーツを大量に入れて蒸した物らしい。
似たような物なら昔食ったことがあったが、味はあまり覚えていない。
大量の砂糖とラムレーズンの味がしたことだけは確かだ。
俺のいた孤児院では毎年この時期になるとそれを食うのだが、嫌いだった俺は誰かに押し付けた覚えがある。

『真っ白になるまで砂糖まぶしてあるやつか?
多分シュトーレンだな。
ドライフルーツが入ってるならそうだと思う。
あれは確かパンだから焼くんだ』

サイファーはおぼろげな記憶のケーキの名前もズバリと当てて、温めたケーキを切りにかかった。
珍しく鼻歌まで歌っている。
曲名は知らないが古めかしい旋律だ。
童謡か何かかもしれない。

「――兄貴が、」

ふと、サイファーの鼻歌と手が止まった。
言おうとして長くなりそうだったのか、サイファーはメモ帳に文章を書き始めた。
俺はじっとそれを待つ。

『兄貴が昔買って来てくれたんだ。
金無かったのに、無理して結構高いやつ。
それ以来何年も食べてない。
PJにそう言ったらあいつは
じゃあ今年は俺が作ってみましょうか
って言ったんだ。
今思い出した。
多分それで送って来たんだろうな』

言った本人が忘れていたくらいだから、随分前の話なんだろう。
そんな話を覚えていて律儀に送ってくるとは。
サイファーは少し微笑んで、切り分けたケーキの一つを皿に乗せた。

「お前は?」
「いや、いい」

俺の分を取ろうとするサイファーに首を振る。
俺はそもそもこういう物は好きではないし、これはこいつに贈られた物だ。
そんな話までされては俺が食うわけにはいかないだろう。

「お……うまい」
「そうか、それはよかったな。
……まさかあいつがこんな物を作れるとは」

サイファーは意外にも美味かったらしいそれがお気に召したらしく、ハイペースでフォークを口に運んでいる。
口の横にクリームが付いていることには気付いていないらしい。

「い゛っ」

クリームを取ってやろうと手を伸ばした瞬間、ガキン、と硬い何かの音がした。
俺が何か言う前にサイファーはモゴモゴと口を動かし、口の中から何かを取り出す。

「……指輪」

それは銀色のシンプルな指輪だった。
裏側にはガルム隊の名と番号が刻まれていて、サイファーはそれをしげしげと見つめている。
ケーキから指輪が出てくるなんて、一体どういうことだ。
作っている途中で入り込んだなんてことは無い、どう考えても気付く。
ならば故意しかないだろう。

「あの小僧、どういうつもりだ」
「ん?」

俺はサイファーの頬に付いたクリームを乱暴に指で拭った。
無意識に舌打ちをしつつ、たった今までサイファーが食っていたケーキに目を向ける。
ケーキに包んだ指輪とは、随分と洒落てるじゃないか。
こいつが誰の相棒か分かっててやってるのか?

「なんだよ?」

クリームが付いていた頬をさすりながら、サイファーが俺に怪訝そうな視線を向ける。
おそらく急に黙り込んだからだろう。
それとも舌打ちが自分に向けてのものだと思ったのか。

「なあ相棒」
「ん?」

呼んでみて、空にいた頃と比べてこう呼ぶ回数も随分減ったな、とどうでもいいことに気付いた。
無意識のうちに呼ばないようにしているのかもしれない。
果たして俺にこいつを相棒と呼ぶ資格があるのか、と。

「なんだよ……相棒」

だがまるで俺の考えを見透かしたかのように、サイファーはそう返す。
昔よりもずっとスムーズな発音。
未だに俺を「相棒」と呼んでくれるのが有り難い。
……いい年こいて何を考えてるんだろうな、俺は。
せっかくサイファーが機嫌良くケーキを食ってるのに、邪魔してどうするんだ。
俺は少し冷静になり、軽く頭を振った。
その間にもサイファーは文章を書いていたらしく、俺の方に乱暴な字を向ける。

『突然わけ分かんねえこと言ってないで喜べよ』
「何をだ」
『クリスマスプディングには指輪だのコインだのを入れて、当たった奴には幸運が訪れるみたいな話があるんだ。
信じるわけじゃないが、一発で当てたんだからラッキーに違いないだろ』
「まあそうだな、丁度切ったところに指輪が――」

いや待て、どういう意味だ?
俺はサイファーの書いた文章を再三読んでようやくそれを理解した。
つまりは俺が壮大な勘違いをしていたということだ。
このケーキに指輪は入れるものじゃない、入っているものだという。
それを知らずに俺はせっせとPJへの怒りを募らせていたわけだ、恥ずかしすぎる。

「…………」
「どうした?」

サイファーがうなだれた俺の顔を心配そうに覗き込む。
お前も指輪当てたかったか?などと訳の分からない同情までされる始末だ。
そうじゃない、と弁解しようにもそれでは恥の上塗りになる。
俺はため息をついて、こちらを覗き込んで来るサイファーの髪をぐしゃぐしゃにした。

「っ!?」
「来年はあいつに頼むなよ」
「は……!?」

ケーキが意外と美味かったので、サイファーは来年も頼もうと思っていたんだろう。
俺の言葉に納得いかなそうな声を上げる。
まあそうだろうな、と俺は頭をかいて言った。

「来年は俺が作る。
それならわざわざあいつに頼まなくてもいいだろ」
「……え?」
「なんだ、その反応は……」
「いや、だって……」

サイファーは文章を書くことすら忘れているようだ。
俺がそんなことを言い出すとは思っていなかったんだろう。
作り方がややこしくて面倒くさいだとか、時間がかかるだとか、いきなりそんなことを言い出した。

「……なんだ、サイファー。
俺に作らせるのがそんなに不安か?
お前よりはマシだと思うぞ」
「そうじゃ、ないけど……さ」

うー、とサイファーが唸る。
そんなに俺のケーキが食いたくないなら仕方ない。
仕方ないが、あいつに負けたと思うとかなり悔しい。
まあ、お前が食いたい物を食えばいいんだが。
俺は引っかかる物を無視して、サイファーにそう告げようとした。
しかしそれは阻止されてしまう。
サイファーがやけに不安げな顔でこう言ったからだ。

「そ……じゃなくて……っ!
ほんとに……作ってくれる、のか……?」

期待と不安を半分ずつ浮かべた表情を見て、俺は思わずさっきまでぐしゃぐしゃにしていたサイファーの頭を撫でてやりたくなった。
そういえばあの時のクリスマスは、俺はとっくにいなかったんだったか。
また俺がいなくなると思っているのかもしれない。

「なんて顔してんだ、お前は」
「うるせ……誰のせ……だ」
「だから来年は作ってやるって言ってるだろ。
指輪だろうがコインだろうがなんだって入れてやる」
「言ったな」

絶対だぞ、と念を押してサイファーはまたケーキを口に運んだ。
どうやらなんとか納得してくれたようだ。
……しかしあんな顔をするのは反則だろう。
迷子のガキみたいな顔しやがって。
そりゃあ無理してケーキを買うわけだ、と俺はサイファーの兄貴に同情した。

「おい、またクリーム付いてるぞ」
「ん?」

再びクリームを拭いながら、ついでにケーキを作ることになってしまった来年の俺にも同情した。
来年もこいつに振り回されそうだ。



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