「…………」
「あら、ラリー。
こんなところでどうしたの?
そんな格好じゃ風邪ひくわよ?」

どうした、はこっちの台詞だ。



感情マヒ×2



遡ること数十分。
俺は部屋にいない相棒を探していた。
チームは犬のくせに猫のように気紛れな奴で、いなくなるのはいつものことだから慣れている。
他の奴らもそれを知ってるので、俺がキョロキョロしてると勝手に教えてくれるようになった。

「お前の相棒なら、さっき格納庫の方行ったぜ」

その言葉を頼りに、俺は格納庫に向かった。
あいつは自分の機体と金が何より好きな女だ。
多分前者の点検にでも行ってるんだろう。

「…………?」

そう思ったのだが、アテが外れたようだ。
格納庫には若い整備兵が一人いるだけで、他には誰もいない。
もう移動してしまったのだろうか。

「おい、サイファーがここに来たらしいが、どっちに行った?」

俺は整備兵に問う。
次は一体どこに行ったのだろう。
整備兵は返事の代わりにゴホッと咳をした。
どうやら体調が悪いらしい。

「すみません、あの……」

申し訳無さそうに整備兵が指差したのは外――というか、滑走路の方だった。
そっちにサイファーがいるのだろうか。
……なんで滑走路に?
俺は疑問に思いながら、指された方へ歩いた。




滑走路では他の整備兵が雪かきをしていた。
もちろん俺達が空に上がれるようにだ。
――有り難い話だな。
俺は感謝しつつ除雪作業におわれる兵達を見回した。
と、その拍子に俺の視線は一人へ固定された。
向こうも俺に気付いたらしく、こっちへ近付いてくる。

「…………」
「あら、ラリー」

そして、現在に至るというわけだ。

「……お前、何やってるんだ?」
「見て分からない?
除雪作業だけど」

俺の言葉に、相棒はほんの少し眉を動かした。
いや、除雪作業なんてことは見たら分かる。
さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。

「何でお前がそれをやってるんだ、って聞いてるんだが」

ああそういうことね、とサイファーが頷く。
それ以外無いだろ。
俺のツッコミにクスリと笑い、サイファーが解説を始めた。

「最初は機体を見に行ったんだけど、一人、整備の子の具合が悪そうでね。
その子の仕事の雪かき、代わりに引き受けちゃったのよ」

ああ、さっきの奴か。
それで謝ってたんだな。

「金にならない仕事をするなんざ、お前らしくないぜ?」

俺がそう言って茶化すと、サイファーはクスクス笑って同意した。

「そうね、私もそう思う。
一銭の得にもならないのにどうして引き受けたのかしら?
まあ、元気になった彼はその分、私の機体を真剣に整備してくれるでしょうけど」

本当にこいつは機体と金しか考えてない女だ。
お前はそう思ってても、向こうがもっと別の感情を抱いてたっておかしくないだろう。
例えば、『鬼神』への憧れとか、『年上の女性』への憧れとか。
……はぁ、と思わず溜め息をつく。
まったくもって、俺の相棒は人間には疎い。

「雪かきは仕事の奴らに任せて戻るぞ」

俺がそう勧めると、サイファーは途端に笑顔を崩した。

「引き受けたのは私だもの、途中で投げ出すわけにはいかないわ」
「……金にならなくてもか」
「ええ」

凛とした目に射抜かれ、頭をかく。
任務の完全遂行、それがこいつの傭兵としてのプライドなんだろう。
本当に面倒くさい奴だ。
俺はしていた手袋を外し、サイファーの頬に触れた。

「……何かしら」

予想以上に冷たいそこに、思わず手を引っ込めそうになる。
フードを被っているのにこんなに冷えてるんじゃ、防寒着はほとんど機能してないと言っていい。

「本当にお前は疎いし鈍いな」

俺の相棒は人間の感情というものに疎い。
そしてそれはサイファー本人だって例外じゃない。

「こんなに冷えて、風邪ひいたらどうするんだ」
「失礼ね。
体調管理も仕事の内だから心配しないで。
そんなヘマはしない」
「そういうことじゃなくてだな……」

ああ、何て言えば伝わるんだこいつは。
本当は寒いはずなのに、それに気付いていない。
いや、訓練の結果無視出来るようになったと言うべきか。
どっちにしろ、相棒として気分のいいもんじゃないな。

「いいか相棒、よく聞け。
もし今すぐにスクランブルがかかったらどうする?」

俺はサイファーの頬に手を添えたまま、諭すように言った。

「お前はすぐ愛機に飛び乗るだろう。
けどな、サイファー。
お前の手足は雪かきで冷え切ってて、まともに操縦出来ないかもしれない。
雪かきで予想以上に体力を使ってて、乗る前から疲弊してるかもしれない。
お前の仕事は飛ぶことだろ?
手伝いで本業が疎かになるなら本末転倒だ」

サイファーは目をぱちくりさせていたが、俺の話を聞くうちに理解したらしい。
しゅんと俯いてしまった。

「そう……そうよね。
確かにあなたの言う通りだわ。
ごめんなさい、ラリー」

やっと分かったようだ。
しかし飛ぶ話に絡めないと伝わらないのは問題だな……。

「分かればいいんだ。
ほら、帰って何か温まるもんでも飲め」

俺は手袋をはめ直し、サイファーの手を少し強引に引っ張った。
繋いでないといなくなるタイプの犬だからだ。

「あら……。
あなた、大丈夫なの?
私達と一緒に温かい物でも飲む?」

ほら、こうやって寄り道する。
呆れる俺になど目もくれず、サイファーは整備兵と喋りだした。
あの調子の悪そうな若い整備兵。
俯いて帽子を目深に被っているのは、調子が悪いせいだけじゃなさそうだ。

「っ!?
ちょっと、ラリー?」

俺は先程よりも強く相棒の手をひいた。
そのままズンズン歩けば、サイファーが引きずられるようについてくる。
後ろで整備兵がポカンとしてるのが見えるが、仕方ない。

「地上では空の何倍も手間がかかるな」

俺は独り言のように吐き捨てた。
空で寄り道するのは構わない。
こいつの腕なら寄り道した先の物を全て壊して帰ってくるからだ。
しかし、地上では違う。
本当に人間というやつに疎い。
空での洞察力はどこにいったんだ、というくらいに。

「……何が言いたいのか、分かるように言ってくれないかしら」

引っ張っていた手を逆に引かれて、俺は足を止める。
振り向けば、不満を露わにしているサイファーの顔があった。

「どうせ言ったって分からないだろうさ」
「言ってくれなければもっと分からない」

なんとか諦めてくれるようにそう言ったんだが、サイファーは思ったより食い下がってきた。
意外としつこい奴だ。
いや、空で敵を追っかけ回してるから意外でもないか。
俺は頬を指でかきながら唸った。
――なにせ、俺も自分が何を言いたいのか分からないのだ。
報われない整備兵への同情をぶつけたいのか、はたまた傭兵としての認識の甘さを叱咤したいのか。
どちらでもない気がするし、どちらかのような気もする。

「……まあ、お前の相棒は苦労するってことだ、多分」
「多分?」

それでもなんとか近い答えをひねり出す。
それがあまりにも曖昧だったので、面白かったんだろう。
相棒が表情を緩めた。

「多分って、答えになってないわよ。
それに私の相棒が大変だなんて、最初に飛んだ時から分かってたでしょう?
今更そんなこと言われても困るわ」

自分でも確かにおかしい答えだとは思う。
ただ、どうもうまく言葉が出てこない。
まだ脳内の辞書と奮闘している俺に、相棒は首をすくめながら言った。

「だって私、あなた以外の相棒なんて考えられないんだもの」

俺は思わず二、三度まばたきをした。
サイファーらしくない台詞だ。
こんな素直で人間的な言葉は初めて聞いた気がする。
その言葉が胸の中にストンと落ちたように感じて、頭が何か回答を導き出そうとした。

「――あなたと組んでから、貯金が凄い勢いで増えていくのよ。
きっとあなたがサポートしてくれるから機体の損傷が少ないのね。
あなたが相棒になってくれて本当に良かったと思ってるわ」

が、俺は答えを出す前に、脳内で脳内辞書を壁に叩きつけた。
やっぱりこいつは機体と金のことしか頭に無い女だ。
まったくいつも通りの俺の相棒だ。

「……つまりお前にとって俺は金ヅルなわけだ」
「ふふ、あなたの実力を高く評価してるってことよ。
褒めてるんだからヘソ曲げないで頂戴。
……そうだ、飲み物は私が奢るから」

サイファーは柔和な笑みを浮かべながら、貯金額の0が増えた話を嬉々として語った。
顔と話の内容がどう見ても食い違ってるが、それがサイファーだといえばそれまでだ。
せっかく守銭奴の隊長殿が奢ると言い出したのだから、気の変わらないうちにさっさとそうしてもらうか。
……しかし俺は本当に、サイファーに何を言おうとしたんだ?
まだどこか引っかかるものを感じながら、俺はさっさと歩き出す。

「……ん、0がいくつだって?」
「だから、えーと……」

指折り数えるサイファーに、俺は完膚無きまでに叩き伏せられた。
サイファーに0の数が圧倒的に劣っている。
というかどうやったらそこまで貯まるんだ。
……よし、一番高い酒を頼んでやる。
未だに答えの分からない感情と敗北の傷心を、俺は飲んで忘れることに決めた。



Back Home