「サイファー、ちょっと」
食堂の隅っこでちまちまプリンを食べてるサイファーに手招きをする。
いつも五月蝿い周りのファンクラブはいない。
俺としては今がチャンスだった。
だけどサイファーとしては至福のひとときを邪魔されたんだ。
こっちに来る時、不機嫌そうな顔をしてたって咎められたりはしないだろう。
「すいません、邪魔しちゃって」
そうは思ってないくせに。
サイファーが横目でこっちを睨む。
酷いですよ、サイファー。
いくら俺でもちょっとくらいは悪いと思ってますって。
俺は笑いながら、話を切り出した。
「手、見せてもらってもいいですか?」
俺の言葉に反応し、ぴくり、とサイファーの眉が動いた。
誰だって急にそんなことを言われたら、同じ反応をするだろう。
サイファーは少し考えて、スケッチブックに文字を書き始めた。
『なんだ、手相でも見るのか』
サイファーの書く文章は相変わらず冷たい感じがする。
俺はサイファーの声が結構好きなのに、俺に聞かせてくれることは滅多にない。
不公平じゃないですかね。
何がって聞かれると答えられませんけど。
「そうじゃないんですけど、ちょっと……」
俺が機嫌を取るみたいに笑うと、サイファーは大きなため息をついた。
サイファーはどうやら押しに弱いらしい。
駄目だと言っていたくせに、しつこく頼むと比較的あっさり折れてくれる。
正直、悪い奴に騙されないか心配だ。
子供じゃないんだから、それは無いだろうけど。
「…………」
サイファーが無言で右手を差し出す。
若干訝しげな顔をしているのは、この手が大事な商売道具だからだろう。
俺はその右手を、ふわりと両手で包んだ。
そうするとサイファーの手は、簡単にすっぽりと俺の手に覆われてしまう。
「…………?」
サイファーはますます訝しげな顔をして首を傾げている。
突然呼ばれ、手を出せと言われて従ったら、いきなり手を握られたんだ。
首を傾げだっておかしくない、むしろそうしない方がおかしい。
サイファーはさっさとプリンのところに行きたいみたいだけど、そうはいかない。
俺だって、まさか理由も無く手を握るためにサイファーを呼んだ訳じゃない。
「サイファーって、手ちっちゃいですよね」
……言ってから気付いた。
言わなきゃよかったって。
案の定サイファーはキッと俺を睨んできた。
サイファーの身長は俺よりちょっとだけ低い。
どうやらサイファーはそれが気に入らないらしくて、俺の背を縮めようと事あるごとに俺の頭を叩く。
そんなことしても縮みませんって。
「すいません」
もう一回くらい効くかと思って、俺はへらへら笑ってみた。
サイファーはまだまだ仏頂面だ。
やっぱり小さい、とか言われるのはいい気分じゃないらしい。
俺もよく無駄に背の高い隊長達にからかわれるから気持ちは分かる。
「でも、」
でもサイファーのちっちゃい手には、この戦争が全部乗っかってるんだ。
この戦争を左右するのは、全部サイファーのちっちゃい手なんだから、逆に言えばそういうことになる。
俺よりも更にちっちゃい身体に期待とか、憎しみとか、いろんなものを背負わされてる。
ただでさえ色々背負ってるくせに、サイファーは自分からみんなの分も引き受ける。
今まで一緒に背負ってたはずだったあの人は、サイファーにもっと重いモノを押し付けて行ってしまった。
そう思うと、食堂の隅っこで暗い顔をしてるサイファーがいつか押し潰されてしまいそうな気がして仕方なかった。
だから俺がなんとか元気付けてあげなければいけない気がしたんだ。
「あの、サイファー」
俺はサイファーの手をぐっと握った。
突然のことに、サイファーは不思議そうに俺を見ている。
「サイファーの手がちっちゃいんじゃなくて、なんていうか。
人間の手はみんなちっちゃいんです。
だから、一人で全部なんて抱えられないんです。
貴方の持てない分は、俺が持ちますから、だから」
元気付けてあげたかったけど、かっこ悪いことに上手く言えなかった。
なんとなく伝えたいことは分かってるのに、上手く言葉が出て来ない。
それでもサイファーは分かってくれたみたいで、少し微笑んで頷いてくれた。
『ありがとな』
スケッチブックに小さく書いて、サイファーがプリンへと戻る。
勘違いかもしれないけど、少しだけ表情が明るくなった気がした。
「……あ」
サイファーが席に戻って初めて、俺はさっきの話を簡潔に伝えられる言葉を思い付いた。
(「もっと僚機を頼って下さい」、だ)
だけど、多分それを言うのは俺の役目じゃなかったんだろうと同時に思った。
もし俺が今それを言っても、サイファーを困らせるだけに違いない。
サイファーは「ありがとう」って頷いて、分かってくれたみたいだったけど、やっぱり返事はしてくれなかった。
つまり今はまだ、俺にそんな言葉を言う資格は無いってことだ。
俺もサイファーに色々背負わせてる一人だし、仕方ないと思う。
サイファーの荷物を半分背負って、本当の意味で隣を「並んで飛べる」のは、今はまだ一人……あの人だけ。
それが悔しくてたまらなくて、俺は舌打ちをしながら、あの人がいつも座っていた席を睨んだ。