「あのね……変なこと聞いていいかしら」

珍しいな、と驚きながら、俺はビールジョッキを置いた。
メビが妙にしおらしい顔で俺を見ている。
一緒に酒を飲もうと誘って来ただけでも珍しいのに、こんな顔をするなんて滅多に無いことだ。

「変なこと?」

俺が聞き返すと、メビは真っ赤になった顔で頷いた。
最近飲めるようになったばかりのメビはまだ酒に慣れていないらしい。
空での強さとは裏腹に、すぐに酔いつぶれてしまう。

「えっと……オメガ、笑わない……?」

心配そうに言うメビ。
メビは背が低いので、自然と俺を見上げる形になる。
その眼差しに不覚にも少々ドキッとしてしまった自分が情けない。
……落ち着け俺、相手は恩人の娘さんだぞ。
俺は心を落ち着かせるために、一気にビールを飲んだ。
店員にもう一杯ビールを頼み、メビに続きを促す。
ビール党の俺とは違い、メビはジュースみたいな酒を口に運んでいる。

「変なこととはどのような事でしょうか、大尉」
「……茶化さないでよ、少尉」

茶化さないで、という割にはメビは笑っている。
どうやら話す前にリラックスしたようで何よりだ。
関係無いが、このままいけばメビが少佐の階級を貰えるかもしれないという噂がある。
本人は飛ぶのが好きだから、きっと断るだろうが。
それに対して俺は万年少尉だ。
あれだけ機体を壊しておいて、出世なんか出来る方がおかしい。
メビは少し悩んでいたようだが、もじもじしながら切り出した。

「あのね、オメガ。
あたしって……嫌味……じゃない、かしら……」

嫌味?
俺が首を傾げると、メビは俯いたまま「うん」と返事をした。
いつもは強気で傍若無人なメビなのに、まるで別人だ。

「ほら……あたしって父さんが凄いパイロットでしょ?
だからあたし、親の七光りで隊長にしてもらって……。
順当にいけば隊長になるのはあんたのとこの元隊長とか、いろんな人がいるじゃない。
それなのにあたしがみんなに偉そうに命令して、みんなの命を預かって飛んでるのってどうなのかな……って思っちゃって……」

メビの声はどんどん小さくなっていった。
俺は口を挟めない。
黙って話を聞いてやる。

「あたしってみんなから見て嫌味じゃないかな?
ちゃんと隊長としてやれてると思う?
……他の隊から見ても恥ずかしくないかな……?
みんなの顔に……泥とか、塗ってないかなぁ……?」

メビは殆ど泣いているような声で、時折鼻を啜りながら話した。
いつものメビからは考えられない言動だ。
……メビもなんだかんだ言っても、二十歳の女の子。
隊員の命を預かる身とはいえ、頑張り過ぎてしまっているのだろう。
それは死神と呼ばれる程の働きぶりから見ても明らかだった。
さて、どうやってメビを元気付けてやるか。

「……メビ、隊員はみんなお前に感謝してるよ」

さっきまでどう言えばいいか悩んでいた筈なのに、俺の口からは勝手に言葉が溢れ出ていた。

「お前が助けてくれなきゃ落とされてたって奴が大勢いる。
お前がいるから安心して飛べるんだ。
そんな難しく、大袈裟に考えなくていいんだよ。
いいか、みんなお前が大好きなんだ。
恩人の娘さんだからじゃない。
お前がメビウス1だからだ」

メビが顔を上げた。
あれ、俺、今勢いで凄い恥ずかしいこと言わなかったか?

「みんな……あたしのこと好き、かな……?」
「当たり前だろ」
「……あんたも?」

メビが可愛らしく首を傾げた。
俺が年甲斐も無く真っ赤になってるのは酔ってるせいだと思われているらしい。

「あたし、いっつもあんたのこと怒ってるじゃない。
それでもあたしのこと好き……?」

この年にもなってそんな恥ずかしいこと言えるか!
……と言いたい、言いたいが……。
ええい、もうヤケだ。

「当たり前だ!
俺だってメビのこと好きだからな!」

後で聞かれたら酔っていたことにしよう。
仲間からロリコンだとか言われそうだ。

「ほんと……?」
「ほんとほんと」

本当だから、そんな目で見ないでくれ。
三十路手前のおっさんには眩しすぎるぞ。
そんな俺の心境など露知らずでメビは泣き笑いの表情を浮かべている。
泣き上戸だったのか……。

「ほら、泣き止め。
お前の親父さんに俺が泣かしたと思われるだろ」
「ん……泣いてないわよ……」

メビは袖でゴシゴシ顔を拭いて、ぷくっと頬を膨らませた。
こういう意地っ張りなところはいつも通りらしい。
それでも、酒が入るとここまで素直になるもんだと俺は感心した。
少々調子は狂うが、悪くはない。

「ねえオメガ……」
「ん?」

メビがくいくいと俺の袖を引く。
どうやら泣き止んだらしいな。
俺が振り向こうとすると、突然、メビが俺の頬にキスをした。

「あたしも、あんたやみんなが好きよ」

そして目眩がする程の笑顔。
……次の瞬間、俺は思わず、メビを抱き締めていた。
多分、同じことをされたら、隊員全員が同じ行動を取ったと思う。

「ちょっとオメガ……恥ずかしいから離してよ……」
「え?
あ、わ……悪い」

ふとカウンター席だったことを思い出し、俺はメビを解放した。
馬鹿ね、と言いながらメビは酒を口に運ぶ。
自分だって大概だろう。
俺がそう言うとメビは、グラスの中に入った酒を飲み干し俺を見て笑った。

「オメガ11、あんたに護衛任務を命じるわ。
あたしを、あたしんちまで送り届けなさい。
報酬は……ここの代金よ。
ね、いいでしょ?
はい復唱」

つまり奢るから家まで連れて帰れ、ということらしい。
言われなくとも家まで送るくらいは当たり前のことだと思うが、彼女の方が上司だし、奢りを断るのは生活が厳しい。

「オメガ11、メビウス1を家まで護衛します」

俺が敬礼をしながら復唱すると、メビは財布から金を出すなり俺の背中にしがみついてきた。
おぶって帰れ、ということか。

「命令よ、少尉」

素直は素直だが、すっかりいつもの調子に戻ってしまったようだ。
普段通りの傍若無人な態度。
慣れてしまっているせいか、こっちの方がしっくりくる。

「あ、メビ……」

声をかけたが、既に返事は無かった。
早くも眠ってしまったらしい。
さて、どうしよう。

「この状態で連れてって、親父さんに殺されないだろうか……」

多分あの過保護な人のことだから、何もしていないかとか問い詰められるに違いない。
そこんところを自分で説明してもらおうと思ったんだが……無理だな。

「んー……」

メビが俺の背中で僅かに動く。
寝顔が少し笑っているような気がした。
…………。
その寝顔が可愛いと思ってしまった俺は、やっぱりロリコンなんだろうか。



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