真っ直ぐに奴の目を見る。
黒い瞳が同じように俺を映していて、俺は何故か笑みが浮かんだ。
目線を下げれば、足元に乱暴に置かれたスケッチブックとそこに書かれた文字が見える。
先程奴が俺に見せたものだ。

『俺はお前を許さない』

再び目線を少し上げれば、奴が手に持っているものがはっきりと視界に現れる。
スケッチブックを持っているので定着してるせいか、まったく似合わないな。
相変わらず童顔だから尚更だ。

「サイファー」

十年ぶりに呼んだ名に、俺も奴も動揺した。
こんなに年月が経ったのに、その響きが何一つ変わっていなかったからだ。
顔を歪めたサイファーは、気を取り直したように手にしていた物をぐっと握りしめた。

「撃つのか?」

俺は聞き返す。
出た声は酷く冷静で自分でも驚くほどだ。
奴は答えない。
きっと答えられないのだろう。
そんなことはスケッチブックを見た時から分かっていた。

「あとは引き金を引くだけだろ」

サイファーが持っているのは、なんてことの無い、護身用にどこでも売ってる銃だ。
当たりどころが悪けりゃ死ぬだろうが、それだけだ。
奴は何も言わない、何もしない。
ただ俺に銃口を向けて、こちらを見ているだけで。

「……十年前と同じだな」

業を煮やし、俺はそう切り出した。
奴の顔色が変わる。
酷いことを言っているのは分かってる。
それを分かった上で、俺は奴の傷を抉った。

「あの時もそうだ。
撃つチャンスはいくらでもあるのに、お前はそれをしない」

サイファーがぐっと歯を食い縛ったのが分かった。
俺は嫌らしい笑みを浮かべて畳み掛ける。

「俺が憎いんだろ?
さあ、撃てよ」

俺は奴の復讐を後押ししてやってる気になってるが、本当は奴に殺されることで逃げようとしてるんじゃないのか。
十年前から変わらないのは俺の方じゃないか。
自嘲しながら目を閉じる。
その直前に見たサイファーの眼は殺気に満ちていた。
やっと撃つ気になったらしい。
撃てよ、撃て。
心の中でもう一度呟き、俺はその時を待った。

「――!」

腹に衝撃を感じ、俺は膝を付いた。
口から声にならない空気が漏れる。
ただ、この痛みは撃たれたものじゃない。

「……サイファー?」

目を開けると、サイファーが銃を持ったのとは逆の手で拳を作っていた。
どうやら殴られたらしい。
そういや奴は両利きだったな、とどうでもいい記憶が蘇る。

「どうした?
撃てよ、それともなぶり殺す気か?」

俺の言葉に一瞬間があり、サイファーが黙ってスケッチブックを取りに行った。
十年ぶりだと結構シュールだ。

『お前のそういう卑怯なところ、十年前から嫌いだ』
「そうか、それは悪かったな」

ちっとも上手くならない癖のある字で、サイファーは辛辣な言葉を書いた。
文章でははっきり喋るところも変わってないらしい。

『はっきり言えよ。
俺もお前が憎いんだ、って』

そう書いてみせ、奴は舌打ちをした。
俺がサイファーを憎んでる?
……そうなのかもしれないな。
多分、サイファーは十年前に俺を撃ったことに関して言ってるんだろうが、そうじゃない部分で。
俺が思わず笑うと、サイファーが何がおかしいんだという表情を浮かべた。

「憎んでるわけじゃない。
あえて言うなら、俺はお前が羨ましかったんだろうな」

腹を押さえて立ち上がると、奴はまだ不満そうな顔をしていた。
それが相変わらずどこか幼くてまた笑いそうになるが、なんとか堪える。
サイファーは仕切り直すように文字を書き、俺の方に向けた。

『いいか、俺はお前を許さない。
だから、お前も俺を許さなくていい』

どうもサイファーは俺の言うことを信じてないようだ。
この十年間、自分を責めてたんだろうな。
そういうところも同じか。

「相変わらずの子犬っぷりだな」
「っ!?」
「そんなことを言いにわざわざ来たのか?」

復讐の為なら――十年前の続きなら黙って殺されてやろうと思ったんだが、一体どういう反応をすればいいんだ。

「なら、俺はさっきの一発分損だろ」

そんな冗談にサイファーは、確かにそうだと言わんばかりに困った顔をした。
そうだ、この感じ。
十年前と同じ。

「かわりに俺の頼みも聞いてくれ」

俺に殴り返されると思ったのか、サイファーはいきなりぐっと身構えた。
思わずデコピンか何かで攻撃したくなるが我慢しておこう。

「戦争も終わってやることが無いんだ。
しばらく一緒にいてくれ、お前といると退屈しない」

俺はニヤリと笑い、そう頼んでみる。
きょとん、と効果音が聞こえそうな表情で、奴は瞬きしてみせた。
本当に犬に似てると思う。
しかしすぐに呆れたような、面白がってるような、そんな苦笑いを浮かべる。
サイファーならそうしてくれると思っていた。
無性に嬉しくなり、俺は何故か涙が出そうになったのを堪える。

「……ん」

それに気付いたのか、サイファーは十年前と変わらない返事をして、俺をスケッチブックでばしんと叩いた。



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